some_thing ⑥
難航しそうなんで、もいっかいに分けますっ!
遠くの空が、ほんのり赤みを残している。
昼と夜の境目を見送る時に、何ともいえない気持ちになるのは何故だろう。
白く浮かぶ月を指さしながら、私は我が子をあやしている。
もの悲しい気持ちになるのはきっと夜の帳のせい。家に私とこの子以外が居ないせい。
いつもならなんやかやでこの時間帯は忙しくて、わいわいとしている。
父さんも母さんもいない、がらんとした我が家。
柄にもなく物思いに耽ってこんな時間になってしまったのは、この前森羅君に会ってしまったせいだろう。
燈馬君に繋がる誰かと会うことをずっと避けていた。会ったら、どうしたって燈馬君と居た頃を思い出すから。
別れてからは無我夢中で生きてきたのに。呆気ないほど容易く時間が巻き戻る。
森羅君とは燈馬君と一緒に行動していたときの記憶が殆どだから、特に。
やっぱり従兄弟なだけあってうちの子とも似てた。遺伝ってやっぱりすごい。
森羅君は、他の人に話したんだろうか? 七瀬さんや、燈馬君に。あの話しぶりからしたら、多分、もう。
でも、事実を話したからって、それを信じるかは解らない。なにせあれ以来会ってもいないし、身体の関係だって、たった一回だ。
そのへんは森羅君には話さなかったけれど、普通に考えたら身に覚えはない、と言い切れるだろう。
別れて、傷心の私が自暴自棄になって、どこかしらで作った子ども。その方がしっくりくる。
森羅君が伝えていないといい。
そう思うと同時に。
伝わって幻滅されるといい、と願う。
幻滅してくれたなら、もう絶対会うことはない。
空気がひんやりしてきたからと、私は抱えた我が子に声を掛けながら鼻歌まじりで、中庭から玄関へと踵を返した。
と同時に、背後に、門扉を開けて人の入ってくる気配がした。
父さんが忘れ物でもして取りに帰ってきたのかと振り返ると、そこにはいるはずのない人物が立っている。思い返して感傷に浸ってしまったせいだろうか。幻であればよかったのに。
「今晩は」
その人影は、言って揺れる。
私は、言葉が出てこない。
腕の中の小さな手が、不意に空に手を伸ばした。この子なりに、空気が変わったのが解ったのだろう。何かを伝えたそうな喃語を、微かに発して微笑んでいる。
隠す間なんて無かった。突然すぎて。どうしたらいいのか解らないで私が固まってるうちに、来訪者は近寄って、私の抱きかかえていた子どもを覗き込んだ。
「……森羅君ったら、仕事早すぎだよ……あれから何日も経ってないのに……」
辛うじて、ようやく、私は言葉をひねり出すことに成功する。
ここに燈馬君がいる、ということは、多分森羅君が私に会った時のことを話したんだろう。
『知らないことが幸せなんて、誰が決めたの?』と、森羅君は言っていたのだ。ありのままを伝えていたとしたって、恨むことは出来ない。
「知りたくなるのが人のサガか……そんな急いで来なくてもいいだろうに」
「自分で確かめろって言われて……まさか、水原さんに子どもがいるなんて思ってもみませんでした」
どうやら、子どものことは濁して話していたらしい。だったらやっぱり隠しておけばバレなかったのかもしれない。
「じゃあ誤魔化せば良かった。てっきり森羅君に全部聞いたのかと思ったから」
燈馬君は、ふくふくした頬に手を伸ばしてそっと触る。びっくりするくらい優しい目で、私の腕の中を見つめている。
この子も解ったのか、嬉しそうな声を上げていつもよりも手足をばたつかせて喜んでいた。
何も言わないでも、この子と燈馬君は親子なんだと、むざむざと思い知らされる。
……来ないでくれればよかったのに。
そうしたら、こんなに胸が痛まないのに。苦しくないのに。
楽しそうに子どもを構っている燈馬君を見ながら、私は自分勝手に、そう思った。
「この子は、あの時の……ですよね?」
視線を動かさないまま、燈馬君が核心を突く質問を発した。
まだ、誤魔化そうと思えば誤魔化せるだろうか。
「燈馬君はどう思うの? 本当に、自分の子だと思うの?」
可能性はゼロではないけれど、普通に考えたらかなり低い。それでも燈馬君は首を縦に大きく振る。確証もないのに。そんな不正確な材料で答えを出す人間ではないのに。
「なんでそう思うの?」
「水原さんは、そんな不誠実な人間じゃないからです」
私の人格でそう断言できる。随分と、私は燈馬君に買われている。あんなことを起こした後でさえ。
「別れてから、どうなったかわかんないじゃん?」
「相手がきちんといるなら、水原さんは子どものためにも不誠実なことはしない。水原警部もお母さんもそれを許さない。そして、許されなかったら今ここに住んでない。そうですよね?」
「里帰りしてるかもしれないじゃん?」
「それならそうと森羅に会った時言うはずです。結婚して子どもがいると。けれど、森羅の口ぶりから察するにそういった類いの話をしなかったんでしょう?」
「言いづらくて言えなかったかもしれないじゃん」
「それでも。見つかったからには言いにくかろうとキチンと説明するでしょ? 相手は森羅なんです。罪悪感があったとしても、僕とは比べものにはならないはず」
「…………」
「観念して正直に話して下さい。僕の子ですか?」
射貫くような視線が痛い。
目が合ったらもうどんな言い訳も論破されてしまう。必死に考えた理由も、つじつまも、全部が押し流されて真実だけがそこに残る。
結論に至る過程よりも、燈馬君にとって大事なのは結論だ。証明できる裏付けがきちんと出来てしまえば、真実は一つしかない。
私は、よろよろと戸に手を掛けた。
どんなに防護壁を纏っても、燈馬君には意味がない。苦しくても、辛くても、きちんと向き合わなければいけない。拗らせてしまったのは、私自身の責任だ。
話をしよう。
話をして、私の気持ちを伝えよう。
そうしたら、燈馬君も私も、呪縛から解き放たれる。
がらがら、音を立てて戸口を開けると、私は燈馬君に手招きをした。
「……入んなよ。今日は父さん遅番で朝まで居ないし、母さんも町内会の旅行で居ないから」
居たらきっと単純な話じゃなくなるから都合が良かった、と私が笑うと、燈馬君は複雑そうな表情をして後を追った。
遠くの空が、ほんのり赤みを残している。
昼と夜の境目を見送る時に、何ともいえない気持ちになるのは何故だろう。
白く浮かぶ月を指さしながら、私は我が子をあやしている。
もの悲しい気持ちになるのはきっと夜の帳のせい。家に私とこの子以外が居ないせい。
いつもならなんやかやでこの時間帯は忙しくて、わいわいとしている。
父さんも母さんもいない、がらんとした我が家。
柄にもなく物思いに耽ってこんな時間になってしまったのは、この前森羅君に会ってしまったせいだろう。
燈馬君に繋がる誰かと会うことをずっと避けていた。会ったら、どうしたって燈馬君と居た頃を思い出すから。
別れてからは無我夢中で生きてきたのに。呆気ないほど容易く時間が巻き戻る。
森羅君とは燈馬君と一緒に行動していたときの記憶が殆どだから、特に。
やっぱり従兄弟なだけあってうちの子とも似てた。遺伝ってやっぱりすごい。
森羅君は、他の人に話したんだろうか? 七瀬さんや、燈馬君に。あの話しぶりからしたら、多分、もう。
でも、事実を話したからって、それを信じるかは解らない。なにせあれ以来会ってもいないし、身体の関係だって、たった一回だ。
そのへんは森羅君には話さなかったけれど、普通に考えたら身に覚えはない、と言い切れるだろう。
別れて、傷心の私が自暴自棄になって、どこかしらで作った子ども。その方がしっくりくる。
森羅君が伝えていないといい。
そう思うと同時に。
伝わって幻滅されるといい、と願う。
幻滅してくれたなら、もう絶対会うことはない。
空気がひんやりしてきたからと、私は抱えた我が子に声を掛けながら鼻歌まじりで、中庭から玄関へと踵を返した。
と同時に、背後に、門扉を開けて人の入ってくる気配がした。
父さんが忘れ物でもして取りに帰ってきたのかと振り返ると、そこにはいるはずのない人物が立っている。思い返して感傷に浸ってしまったせいだろうか。幻であればよかったのに。
「今晩は」
その人影は、言って揺れる。
私は、言葉が出てこない。
腕の中の小さな手が、不意に空に手を伸ばした。この子なりに、空気が変わったのが解ったのだろう。何かを伝えたそうな喃語を、微かに発して微笑んでいる。
隠す間なんて無かった。突然すぎて。どうしたらいいのか解らないで私が固まってるうちに、来訪者は近寄って、私の抱きかかえていた子どもを覗き込んだ。
「……森羅君ったら、仕事早すぎだよ……あれから何日も経ってないのに……」
辛うじて、ようやく、私は言葉をひねり出すことに成功する。
ここに燈馬君がいる、ということは、多分森羅君が私に会った時のことを話したんだろう。
『知らないことが幸せなんて、誰が決めたの?』と、森羅君は言っていたのだ。ありのままを伝えていたとしたって、恨むことは出来ない。
「知りたくなるのが人のサガか……そんな急いで来なくてもいいだろうに」
「自分で確かめろって言われて……まさか、水原さんに子どもがいるなんて思ってもみませんでした」
どうやら、子どものことは濁して話していたらしい。だったらやっぱり隠しておけばバレなかったのかもしれない。
「じゃあ誤魔化せば良かった。てっきり森羅君に全部聞いたのかと思ったから」
燈馬君は、ふくふくした頬に手を伸ばしてそっと触る。びっくりするくらい優しい目で、私の腕の中を見つめている。
この子も解ったのか、嬉しそうな声を上げていつもよりも手足をばたつかせて喜んでいた。
何も言わないでも、この子と燈馬君は親子なんだと、むざむざと思い知らされる。
……来ないでくれればよかったのに。
そうしたら、こんなに胸が痛まないのに。苦しくないのに。
楽しそうに子どもを構っている燈馬君を見ながら、私は自分勝手に、そう思った。
「この子は、あの時の……ですよね?」
視線を動かさないまま、燈馬君が核心を突く質問を発した。
まだ、誤魔化そうと思えば誤魔化せるだろうか。
「燈馬君はどう思うの? 本当に、自分の子だと思うの?」
可能性はゼロではないけれど、普通に考えたらかなり低い。それでも燈馬君は首を縦に大きく振る。確証もないのに。そんな不正確な材料で答えを出す人間ではないのに。
「なんでそう思うの?」
「水原さんは、そんな不誠実な人間じゃないからです」
私の人格でそう断言できる。随分と、私は燈馬君に買われている。あんなことを起こした後でさえ。
「別れてから、どうなったかわかんないじゃん?」
「相手がきちんといるなら、水原さんは子どものためにも不誠実なことはしない。水原警部もお母さんもそれを許さない。そして、許されなかったら今ここに住んでない。そうですよね?」
「里帰りしてるかもしれないじゃん?」
「それならそうと森羅に会った時言うはずです。結婚して子どもがいると。けれど、森羅の口ぶりから察するにそういった類いの話をしなかったんでしょう?」
「言いづらくて言えなかったかもしれないじゃん」
「それでも。見つかったからには言いにくかろうとキチンと説明するでしょ? 相手は森羅なんです。罪悪感があったとしても、僕とは比べものにはならないはず」
「…………」
「観念して正直に話して下さい。僕の子ですか?」
射貫くような視線が痛い。
目が合ったらもうどんな言い訳も論破されてしまう。必死に考えた理由も、つじつまも、全部が押し流されて真実だけがそこに残る。
結論に至る過程よりも、燈馬君にとって大事なのは結論だ。証明できる裏付けがきちんと出来てしまえば、真実は一つしかない。
私は、よろよろと戸に手を掛けた。
どんなに防護壁を纏っても、燈馬君には意味がない。苦しくても、辛くても、きちんと向き合わなければいけない。拗らせてしまったのは、私自身の責任だ。
話をしよう。
話をして、私の気持ちを伝えよう。
そうしたら、燈馬君も私も、呪縛から解き放たれる。
がらがら、音を立てて戸口を開けると、私は燈馬君に手招きをした。
「……入んなよ。今日は父さん遅番で朝まで居ないし、母さんも町内会の旅行で居ないから」
居たらきっと単純な話じゃなくなるから都合が良かった、と私が笑うと、燈馬君は複雑そうな表情をして後を追った。
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