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some_thing ⑦

終わりました!!!!とりあえず終わりました!!!!!
まだ手直しするかもしれませんが完結ですっ

長々とありがとうございました!!!!!!









 一年来なかっただけななのに、案内された居間は水原さんと子どもの空間に様変わりしていた。
「私の部屋じゃ何かあったら怖いから。この子わんぱくだからさ」と、ベビーベッドに子どもを降ろしながら、彼女が言う。
 すこし痩せた、というよりやつれた感じだろうか。身体の線が、後ろ姿でも幾分細く感じた。


 促されてちゃぶ台の前の座布団に座ると、以前と同じようにお茶を前に置かれる。
 目と身体の距離感が当時と全く変わらない。ほんの数十センチ先に、水原さんが座ってこちらを見ている。一年以上もブランクがあるなんて信じられないくらいだった。あんなことがあって、ずっと会っていないし話もしていない。それなのに。
「あんまり顔色よくないね。ちゃんと食べてんの?」
 改めて、水原さんの声をきちんと聞いた気がした。張りのある優しい音。毎日のように聞いていた、僕の好きな声。僕は、水原さんに声を掛けてもらうのが好きだった。
「優がなんやかやで面倒を見てくれていたので、それなりに」
 上擦りそうな声を必死に抑えて、僕は答えた。
 緊張している、今更ながら。
「妹に心配かけすぎんなよ。無理したら優ちゃんに負担がかかるんだから」
「そうですね。本当に。優には世話になってばっかりです」
 そういって軽く笑うが、そこから言葉が続かない。

 長い、間。
 きっとお互い喋らなかった時間が長すぎて、気まずくてうまく話が出来ない。
 以前はどういう感じで喋っていたかも思い出せない。自然と、何でも話が出来たはずなのに。

 沈黙の気まずさに、水原さんが目を逸らした。その仕草が目に入って、僕はここに来た理由を思い出す。 
 ただの世間話をするために来たのではない。
 森羅に急に水原さんの話をされて、慌ててチケットの手配をし、取る物も取りあえずに会いに来た。水原さんに無性に会いたくなった。会って、もう一度話をしたいと、そう思った。
 正直、どうしてこんなに必死になったのか、自分でも解らない。
 けれどその選択は結果的には正解だった。
 訊ねなければいけないことが、何個も何個も見つかった。


「その子のことを聞かせて下さい」
 ちらり、とベッドに視線を投げる。
 はしゃぎすぎて疲れたのか、とろんと微睡むような目でこちらを見ている視線と目が合った。
 体の大きさから月齢を推測できない。こうして乳児を観察することは今までなかったし、そういう趣味も全く無かった。
 けれどあの行為が起点であれば、大体の出産時期は目星がつく。生まれてからまだ半年は経っていないだろう。

 水原さんは観念したのか、大きく息を吐いて首を項垂れた。伏した目のまま「どこから話せばいいのかな」と思案していた。
「最初から、お願いします」
 そう僕が言うと、一瞬視線が上がり、苦笑する。
 そうだよね、そこから話さなきゃダメだよね、と彼女は咳払いをして座り直した。
 伸びた背筋に、微かにそれて合わない視線。
 僕はひどく喉の渇きを覚えたけれど、湯飲みに手をかけたところで、それ以上指を動かせなかった。 
 これから語られる言葉を聞き逃したくなくて、音を立てるのが、怖かった。

「あの後、さ……何ヶ月かしてから、この子がお腹にいるって気がついてね。……そのまま、大学に通っててもよかったんだけど、両親と相談して、大学を前期だけで休学させてもらったんだ。そらもう父さんなんか、妊娠したって報告したら怒髪天でさ怖いのなんの。当然だよね、結婚も付き合ってる人間もいないのに妊娠なんかしちゃってさ。どんだけ爛れた生活してんだってなるよね」
 自嘲ぎみに話すその姿を、一秒たりとも見逃さず、じっと凝視をする。
 僕がアメリカに帰った後の、水原さんの辿った茨の道のり。軽く聞こえるように言葉を選びながら口にするその裏側には、どんな苦難があったか知れない。僕の、気づかないところで。
「燈馬君は軽蔑するかもしれないけど……私、隠さないで正直に話した。私の気持ちも、何をしでかしたかも、全部……私の我が儘で、自業自得で、こんなんなっちゃったって。全部、私のせいなんだって。責任は、私にあるんだって。めちゃくちゃ怒られたよ。当たり前だよね。後先考えないで馬鹿なことしてさ、一人じゃどうにもできないのにさ」
 たった一人でそんな目に遭って、心細かったに違いないのに。水原さんひとりの責任じゃない、僕が拒否をしなかったから妊娠してしまったのに。
 彼女は全く僕を責めない。それどころか両親からも庇い続けている。
 意図した妊娠ではなかったはずだ。
 大学に進学したばかりだし、妊娠させた当の本人はそんなことは露知らずにのんきに海外で過ごしている。もう僕に関与する気がないと宣言していた以上、産むなんて選択肢なんてないのに。
「……堕ろそうとは、思わなかったんですか?」
 思わず、口から言葉が漏れた。
 今存在している子どもを否定しているわけじゃない。
 ただ、産む必要性を感じられなくて、堕ろした方がどう考えても合理的で。 
 けれど、「全然そんなの考えなかった」と、水原さんはすぐに首を振った。
「だってさ、好きな人の子どもだよ? しかももう合わせる顔が無いときてる…… 燈馬君の不幸を呪った罰かなって最初は思ったけど、でも、もう一生会えなくても燈馬君のことを忘れなくていいって免罪符が、出来た気がしたんだ」
 ふんわりと、水原さんは微笑む。
 視線は合わないままだけれど、その表情は見て取れた。
 寝息が上がっているベッドに、水原さんは暖かい視線を向けている。母性というやつだろう。僕の知らない、水原さんの今の顔だ。
 胸の奥が、熱くて、苦しくて、痛い。
 色々な感情が渦巻きすぎて、自分で自分が今どんな感情なのか、理解が出来ない。  
「おかげ様で毎日が楽しいよ。大変だけど、楽しくて幸せ」とにっこりと微笑むのを、僕はきっと、複雑な表情で聞いていたに違いない。



 僕から向けられている視線に、水原さんはようやくまっすぐと向き合った。迷いのない、射抜くような、真剣なまなざし。
 一つまた大きく息を吐くと、「燈馬君」と僕に呼びかけた。
 対して僕は、どんな顔をしているのだろう?
 事実を知って、水原さんの気持ちを知って、今、心中は穏やかとは言いがたい。
 もう一度、きちんと知って、考えたかった。考えれば、答えが解るはずだった。
 けれど、そんな思惑とは外れて、どんどん自分の気持ちがわからなくなっていく。
 嬉しいのと、切ないのと、悲しいのと、愛しいのと、全てが混じり合った感情が僕を占めている。それを理解しようとしても、僕には、全然判別が出来ない。

「ごめんなさい。こんなことになってて。迷惑はかけないつもりだったのに」
 真面目な顔のまま、水原さんは深々と頭を下げた。
 スローモーションのように彼女の体が折りたたまれるのを、僕は瞬きもできずに見せつけられた。
「なんで謝るんですか? 迷惑なんかじゃないです、僕のせいなのに」
 僕が立ち上がり、水原さんの上体を起こそうと腕を取ると、水原さんはぶんぶんと首を横に大きく振った。
「燈馬君が気に病む必要はないんだよ。この子は私は勝手に産んで、勝手に育ててる。認知とかを求めようとも思ってない。私にはこの子がいればそれでいいから。だから……もう、私のことなんか忘れて。勝手でゴメン。だけど、もう、私に縛られる必要はないから。あんなこと言っちゃって、本当に、ごめん……」
 顔を上げると、我慢していたであろう涙が、堰を切ったように溢れて来た。きっと、至近距離にある僕の顔さえ、今は涙で見えていないだろう。
 ずっと気丈に振る舞ってきたんだろうか。こんなに泣くほどの重圧と後悔を背負いながら。
 何も知らない僕は、暢気にああだこうだと理由をつけて悩む体をしていただけで、彼女の苦しみの何十分の一も理解しようとしていなかった。
 もっと真剣に考えていれば、きっとこうなる前に水原さんと話をして、こんな苦しめることもなかったのに。
 ごめん、ごめんと言いながら泣きじゃくる水原さんを抱きしめようとすると、彼女は身を引こうと身体を強ばらせながら首を振った。
 ……僕に対する、明らかな拒絶。
 無理矢理抱え込んでも逃げようと身を捩るのを、僕は許さずに腕にさらに力を込める。
 冷や水を浴びせられたように、心の奥底がひんやりと凍っていく。
 痛くて、胸が苦しくて、けれどもう、離したくなくて。
 抵抗されているこの現状が全てなのに、信じたくなくて。
 当たり前なのに。
 この一年あまり、僕は何にもしていない。
 向き合うことから逃げて、自分の傷ばかり気にして、楽な方に楽な方に流されていた。
 だから僕は、何も望む権利がない。
 後悔を今更したって、もう遅い。遅すぎた。
 ……けれど。


「忘れません」
 思った以上に大きな声で、僕は答えた。
 自分でも驚いている。こんなにはっきりと自己主張をしたのは、随分と久しぶりな気がした。
 水原さんはびっくりしたのか、一瞬抵抗する力を弱めた。
 その隙に、僕は身体をもっと引き寄せて逃げる余地がないくらいに抱きしめた。動かせなくなって観念したのか、水原さんは身体を震わせたまま、されるがままに僕に身を預けた。
 抱いてみると思っていたよりもずっと細くて。僕は至近距離から、もう一度顔を覗き込む。
その泣き濡れた瞳に、僕の顔がはっきりと映り込んだ。迷いの消えた顔。自分自身の気持ちなんて、まだ十分に頭の中で理解していないのに。
 ただどうしても水原さんが好きで、それだけは解りきっていて。その衝動だけで体が動いている。体は、もうとっくの昔から理解していた。……理屈なんて、もう、後回しだ。
「忘れて大丈夫なんだよ。私なんて居なかったものと考えてくれれば。アメリカに居たときと同じ、元通りだよ」
 しゃくり上げながら、たどたどしくそう言う水原さんの言葉には説得力はなかった。大丈夫なんかじゃない。水原さんがじゃない、僕自身が、だ。
「元通りになる必要なんてないです。水原さんと僕たちの子どもがいる、今のこの事実がいいです」
 はっきりと言い切る僕に、水原さんは呆れるように微笑んだ。涙声のまま、笑い声を微かに上げる。
「バカだなぁ。研究に有意義になる話ができる人と一緒の方が燈馬君の為だよ。私、数学なんてワケわかんないしさ。足引っ張るばっかで何にもできないよ?」
「水原さん以外の相手なんて、僕には要らない。どうしてそう思うんですか?」
「私……燈馬君の為になること、何一つできないよ。だから……ただ、好きってだけで……一緒に居るのは、燈馬君にとってよくないと思うんだよ」
 言葉を選びながら、水原さんは同じ話をまた繰り返す。
 一年前を思い出す。あの時も水原さんは同じように『数学の話の出来る誰かと』と言っていた。数学が一番なら、その数学に長けた人間を、と。
 それのどこに価値があるというんだろう?
 確かに同じ頂を目指す人間との交流は大切で有意義かもしれない。けれど数学以外にだって世界がある。それを教えてくれたのは水原さんだ。
「隣に居てくれるだけでいいんです。それ以上を何で望まないといけないんですか? 僕にとってってよくないってどうして水原さんが決めるんですか?」
 新しい気付きをおしえてくれたり、僕の考え付かないようなひらめきをみせてくれたりして。他愛のない話をして。色々なものを一緒に見て。
 数学だけじゃない。僕の知っている世界だけじゃない。まだまだ世の中には未知の世界が沢山あると、水原さんが教えてくれた。
 よくないわけがない。
 水原さんがいないと、駄目なんだ。

「燈馬君は、」
「好きなんです、水原さんが。ずっと」
 もう拒絶の言葉を聞きたくなくて、僕は被せるように、気持ちを吐露した。
「悩めって言われたから、ずっと悩みました。ずっと考えました。『好き』の定義を、順位を、水原さんの気持ちを。優や森羅に言われてもまだ腑に落ちなくて、未だに十分に理解は出来てないですが、聞いてほしいんです」
 答えは待たない。また否定されるのが怖いから。水原さんが首を振るのを見ないフリをして、僕は言葉を続ける。
「水原さんも、僕が水原さんの事を大事に思ってた、というのは認めてましたよね。僕が日本に来て色々なことに触れて成長できたのは水原さんのおかげです。僕にとって水原さんは誰よりも大事な人です。好ましいから、憧れたり尊敬したりするから大事になる、だから僕の水原さんへの感情は好きであっている。それは理解できますよね?」
 水原さんは、控えめに頷く。
 恋愛感情の好きか、それ以外の好きか、それがわかっていないと以前詰られた。けれど、恋愛感情自体、相手を好ましいと思うから発生するんじゃないだろうか。
「恋愛感情の定義ってなんでしょう? 性的欲求はあくまで人間の本能であって、感情を伴う発生はあるものの、好きという感情自体は精神的なものです。落ち着く、一緒にいたい、楽しい、触れたい、何かしら理由があってそういう気持ちになるというのは好ましいということだから、恋愛感情として捉えてもいいと思うんです。違いますか?」
 水原さんは答えない。
「優にも森羅にも言われました。好きの気持ちに違いはないと。だから、水原さんが言った『僕は水原さんの事を好きではない』という言葉は間違いです。僕は、水原さんが好きです。」
 苦しそうに、見つめる瞳が揺れている。
 こんな風に捲し立てて水原さんに話をするのなんて、そういえば初めてのことだった。
 いつも僕は、水原さんが理解できるように噛み砕いて、言葉を選んで論理を展開していた。全てを聞いて理解したときの笑顔が眩しかった。それを見たいがために、いつも仮定や例を交えながら、ゆっくりと話をしていた。
 ずっと前から、僕は頭で理解してないまま水原さんが好きだったと、ようやく今になって思い知った。
 そして、水原さんの否定が怖くてこんなに焦ってしまうのも、きっと恋愛感情の為せる業なのだろう。
 本当に、理屈ではない。
 論理的ではない。
「僕にとって数学が一番で、水原さんは一番になり得ない、だから取捨選択で捨てられる、という水原さんのもう一つの仮説。実際僕は『数学者』ですし、好きでなければそんな肩書きなんて名乗れませんから、数学が好きであるのは事実です」
 自分の気持ちが明らかになってなおも、僕は水原さんの出した難題に固執する。
「けれど、僕は水原さんも大事です。気の迷いとか勘違いではなくて。何度も言いますが、事実です。そうでなければ、今、ここいません」
 ……悔しかったんだ。
 僕は水原さんを一番に選ばないと彼女に断言されたことが。
 そんなことないと言っても、信じてもらえなかったことが。
 以前、水原さんとロキと共に、レフラ先生の足跡を辿ったことがあった。数学者として自分の研究に踏み込まれたくなかった彼は、周りの煩わしい人間関係を切り捨てて、独りとなって研究に向き合っている。
 僕も、その道に惹かれた。
 ただひたすらに机に向かい、他は何も考えなくていい。そんな世界は、探求者としては魅力的だった。
 けれど、それを引き留めたのは水原さんだ。
 あちら側に行きかけた僕を見つめた不安げな瞳に、僕は立ち止まり、後ろ髪を引かれた。
 もう僕は、あの時に選んでいたのに。
「天秤にかけるなんて器用なことは僕には出来ません。だから……両方大事で、選べません」
 数学が僕の生きる道なら、水原さんは、共に歩む大事な人だ。
「順位もつかないのだから、水原さんの仮定は成立しません。成立しないのだから、もう、僕を遠ざける理由にしないでください」
 もう一度、身体を離して顔を見る。
 水原さんは、涙にぬれたまま、僕の顔を見つめている。
「水原さんが、好きなんです」
 嘘偽りの無い事実を、改めて口にする。
 

「答えなんて出さなくてよかったのに……忘れてくれればよかったのに……論破されちゃったら、私がただいじけてるだけみたいじゃん……」
「悩めって言ったのは水原さんです」
「そんなの、聞かなかったフリすればよかったのに」
「大事な人の出した宿題を、忘れるわけないじゃないですか」
 言葉に詰まったのか、水原さんは唇を噛んで僕を睨む。
 もうその瞳には、怯えも、諦めも、見て取れなかった。
 僕の知っている水原さんの顔に、戻っている。

「往生際が悪いですよ。僕は答えを出しました。今度は、水原さんが答えてください」
 水原さんは、もう逃げなかった。
 視線も、態度も、何もかも。
 

「僕のこと、好きですか?」


 諦めたように水原さんの肩から力が抜けるのを、添えた手から、僕は気付いた。
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