零れ落ちる夕映えの、 ③
ちょっとずつちょっとずつ書いてます……
いい加減終わらせたいなぁ……(トオイメ
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① / ②
2017/05/04 13:00 エピソード丸々一個抜かしてましたorz 追加修正しました。
ようやく私の退院が決まった。……相変わらず、記憶は戻らないままだけれど。
退院したら、あとは定期的に病院へ通って検査をするのと、カウンセリングを受けるだけ。それ以外は日常生活を送っていいということになった。
いつも通りに過ごしていたら急に記憶が戻ったりするそうだ。結局、それ待ちということらしい。
人間の脳みそはまだまだ未知の領域だから、何が起こっても不思議じゃない。不意に戻る、という可能性がままある、とのことだった。
記憶以外は至って健康なワケだから、確かに入院しているよりかは外に出た方が健全だろう。いつまでも寝ていたら、身体まで鈍ってしまって支障がでてしまう。
でも、正直なところ、私には心配があった。
記憶関係での不安ではなくて、日常生活での不安。
……要するに、勉強だ。
学校に通うのは当然だ。学生なんだし。だけど……授業なんてついていけるわけがないじゃん。
私の脳みそは中学卒業レベルの学力(それもあまり褒められない成績)しかない。なのに、学校ではもう2年生の大詰めの勉強をしている。……期末テストとか言われても絶望的じゃないか。
当分は保健室登校で特例としてテストを免除してくれるらしいけど、燈馬君が、それにいい顔をしなかった。
「もしかしたら、そのまま記憶も戻らずに生活するかもしれません。それならば、年相応の学力をつけることに越したことはないですよ」
てな具合に。
言いだしたのは自分だからと、燈馬君は教師役を買って出てくれた。
申し訳ないなぁとは思いつつ、その厚意に甘えるしか私には選択肢が無くて、つきっきりで勉強を見てもらうことになった。
時には保健室で。時には私の家で。ほぼ毎日通って来てくれては要点をまとめたノートを手渡してくれる。燈馬君自身も学校の授業があるだろうに、用事があるだろうに、決まって数時間はつきっきりで見てくれるのだ。
言うだけあって、燈馬君の教え方はすごく上手い。
暗記物以外の教科を教えてくれているのだけれど、どれも理解しやすく、噛み砕いて教えてくれる。
さすがに一、二週間で全部とまではいかないけど、それでもまっさらな頭から、ある程度は高校生の知識レベルは埋められた、と思う。
……もしかしたら、記憶をなくす前よりも賢いかも? と思うのは、たぶん気のせいじゃない。
「いいわねぇ、水原さん。何から何まで燈馬君がやってくれて。まるでお姫様みたい」
保険の先生が、燈馬君が教室に帰った後、私がそのまま保健室で続けている自主勉強を眺めながらふふふ、と笑った。
「スパルタなんですけど。本当、燈馬君には頭が上がらないです」
「記憶が早く戻ればいいのにね。……まだ全然思い出せないの?」
「全然。新しい思い出ばっかりこうやって増えちゃってて、以前の記憶が戻らなかったらヤバイですよね」
軽口を叩きながら、今日の分のノルマをこなす。
「貴重な時間を割いてくれてんのに、燈馬君に恩返しができなくて……せめて追ってた犯人が解ればなぁ」
「無理やり思い出そうとしても良くないわよ。大丈夫、きっと思い出すから」
あれから二ヶ月近くが経過していたけれど、例の事件はまだ解決していない。
私が階段から転落してから……まぁ、記憶を無くす前の私が顔を見たのが原因なんだろうけど、新たな被害は出ていない。
多分警戒してのことで、もしかしたらこれ以降は起きないかも、という見解をミス研のみんなは話していた。
クイーンや事件に片足を突っ込んだ香坂達は「女性の敵だ!」と躍起になって犯人探しをしているけれど、私は残念ながら混ぜてもらえない。
労働力というか力仕事なら自信はあるんだけど、まだ本調子じゃないとか、まずは完治させてから、とか言われてハブられているのだ。
……じつにつまらない。
燈馬君の言う通りに助手のようなことを私がしていたのなら、積極的に手伝った方が思い出しそうなもんだと思うのに。
でもだからといって勝手に調べようにも、私にはどこからとっかかればいいのか解らないからどうしようもない。
結局。今は与えられたことを一つ一つクリアしていくしかないんだな、と、私はほんの少しだけ落胆しながら鉛筆を動かした。
■■■■■
「……あのさ、事件はどうなったの?」
仲間外れにされて1週間。私にしてはよく持った方だと思う。ずっと訊きたいのを我慢して我慢して我慢していたけれど、ついに私は、出された課題を解く手を止めないまま、燈馬君に疑問を口にしてしまった。
燈馬君はぜんぜん動じない。
いつか私が訊いてくるだろうと想定していたんだろう。性格なんて持って生まれたものだし、きっと高2の私だったとしても、我慢できなくて訊いたに違いない。「大丈夫ですから」で誤魔化される人間じゃないっていうのは、きっと解りきっていたんだろう。
表情も変えず視線も上げずに、燈馬君は静かに一回頷いた。
「あれから全く起きていません。多分、水原さんが怪我をしたことで大事になったからだと思います」
以前に香坂が来たときに言っていたけれど、盗撮事件は依頼主の生徒が公にするのに乗り気では無くて、それで進路も決まっていて暇なクイーンが率先して解決しようとしている、そうだ。だから、私が救急車で運ばれた際には事故として扱われたそうで、なんで怪我をしたかとかは周囲には漏れていないらしい。
非常階段から女子生徒が転落、なんて、外から見たら確かにセンセーショナルな話だ。
たとえ生徒じゃ無くても、学校に対して好奇の目が向けられるに違いない。
「このまま発覚を恐れて再犯されない方が被害は広がらなくていいんですが……今はまだ様子見をしているだけでしょう。もう少ししたら、また犯行が始まると思います」
もう少ししたら、というのは。ほとぼりが冷めたらということだろうか。
再犯が今のところ起こらないのは、学校自体に対して注目が少なからず集まっているということと私が犯人の顔を見たから、だと思う。また犯行が行われるとしたら、それは、注目自体が下火になって、なおかつ私が何らかの理由で犯人を識別できないと確認できてからだろう。
まさか私が記憶喪失だとは犯人も思ってないだろう。救急車を呼んだりしてあれだけの大騒動になったから、私が少なくとも病院に運ばれるレベルの負傷したというのは外部からでも解るけれど、その後の動きはごくごく近い人しか知らないはずだ。だから、より慎重に、こちらのことを探っているんだろう。
「でもさ、もう警戒されてるって解ってるしそこまで人目があるうちの学校ででやるよりもさ、他のところでやった方が足がつきににくいんだから、さすがに犯行場所変えるんじゃない?」
私が追っていって接触したんだから、犯人は犯行を警戒されていると理解しているはず。
普通に考えれば、捕まるリスクを冒してまで同じ場所で続けようと思うだろうか。
「可能性はありますが、多分、それはないんじゃないかと」
「なんで?」
「部外者が学校内部に進入するなんて、それこそリスクが高すぎるじゃないですか」
力みも無く、普通の感じでさらっと聞こえた燈馬君の声に、はた、と私のペンが止まる。
「……犯人は、もしかして学校内にいるの?!」
「僕はそう考えています」
しれっと表情も変えずに言うその顔を、私は思わず見つめた。
手からころりとペンが落ちる。
無様な線が、幾何学に走る。
学校内に犯人が居る。
それは、生徒か、先生か。
そんなことをする人間が、近くにいる。
考えてもみなかった。
仲間内に、そういう人間がいるかもしれない、ということを。
そりゃ、学校内の全員を知っているわけじゃないから仲間というのには語弊があるかもだけど、だけど、同じ学校の関係者という枠内にそんな卑劣な人間がいるだなんて、想像してなかった。
「そ、そしたらさ、私が記憶喪失だって気がつくの、ホント時間の問題じゃない? クラスの友達だって知ってるし、先生方なんかみんなに私のこと相談しちゃってるから状況解ってるじゃん?」
声が震える。
だってそしたらこっちのことなんて筒抜けで、いつまた同じ事が起こるかも解らない。
「その記憶喪失が一時的なものか、慢性的なものになるか、見極めてる最中なんだと思います」
怖い。そうなると犯人は、私を常に見張ってるってことじゃない。
ちょっとやそっとじゃやられない自信はあるけど、無防備でいるところを狙われたら無傷で済むかどうか。
犯人が記憶が戻るか戻らないかでやきもきするぐらいなら、って私を狙ってくることもあり得るわけで。
こういう時、高2の私なら返り討ちにしてやる!って言い切れるのかもしれない。
だけど、だけどさ。記憶って寄る辺が無い私は、やっぱり不安もつきまとう。
入院してる間はベッドの上だから身体は鈍っちゃったと思うし、記憶と若干違う手足の長さとか動かし方だとか思った通りに有事に反応できるのか不安だし。日常生活には支障ないレベルの事なんだけど、護身を考えるのなら多分私は弱くなっていると思う。
私が、難しい顔をして沈んでいるのが解ったのか、燈馬君が私の頭をぽんぽんと叩いた。
びっくりして顔を上げると、燈馬君がにこりと笑う。
「心配しないでください。僕も香坂さんも梅宮さんも水原さんの味方ですし、絶対守ってみせますから。二人の実力は水原さんが思ってる以上だと思いますし、僕だって身代わりくらいはできますから」
見た雰囲気はどうしたって頼りないのに、向けられた視線の優しさが、表情が、私を気遣ってくれているのを感じる。
だから、不思議と安心する。絶対大丈夫なんて根拠はない筈なのに。燈馬君は今まで見て来た感じだと「絶対」なんて言葉を使うタイプじゃない。なのにわざと使ったのは、そういう気概があるからだ。
嬉しかった。
きっと高2の私ならこうやって守られないだろう。逆に燈馬君を守る為に、一歩前に立つ。
だから「絶対守ってみせる」という台詞は、きっと私の方が燈馬君に言うだろう。
確信と気持ち、両方伴った形で。
「……うん、自分でも気をつけるけど、お願いするね」
私はなるべく笑顔で、そう答えた。
嬉しかったのに、一瞬で気持ちが萎んでいく。
私を守ってくれると燈馬君が言っているのに、言わせたのは高2の「私」だって気付いちゃったから。
燈馬君を「私」が守っていたように、燈馬君もまた、私を守ろうとしてくれている。
守りたいのは、私じゃない。
燈馬君は、「私」を守りたいんだ。「私」に、いままでの守る行為を返そうと思ってるんだ。
性格も考え方も行動も2年ぽっちじゃ変わりようないだろうけど、でも、燈馬君が見てるのは、常に隣に立ってるのは、高2の燈馬君と一緒に歩いた記憶をもってる「私」なんだ。
私が安心したように見えたのか、燈馬君はまた視線を手元に戻して私の勉強の為の書き込みを再開する。
カリカリとノートを刻む音を聞きながら、私はこっそりと、また燈馬君の俯いた顔を見つめた。
向けられた気持ちの所在なんてずっとずっと解ってたのに、いざこうやって見せつけられたら。
……自分自身が妬ましい。
隠れるように、私はまた俯いて溜め息を吐いた。
このまま記憶なんて戻らなきゃいいのに。
でも記憶が戻らなきゃ、燈馬君と重ねた思い出も消えたままで。だからといって記憶が戻ったら、私のこの気持ちはきっと消えちゃう。
私がこのままでいるとしたら、「私」の気持ちを踏みにじってしまうんだろうか。
「私」が思い出したら、私の気持ちは、永遠に闇の中で朽ちていくんだろうか。
自分自身に嫉妬してるなんて世の中広くてもきっと私だけだろう。
思い出そうが思い出さなかろうが、私は私だ。人格は同じ物だ。解ってる。解ってるけど。
燈馬君は一生懸命に手先を動かしているからか、私の視線には気づいていない。
私は、静かに目を閉じて、たった今目に焼き付けた姿をそのまま頭に描き出す。
せめてこの記憶が、今抱いてる葛藤が、心に爪痕を残せばいい。思い出した「私」が、ちょっとでも傷つけばいい。傷ついて、それで私の事を思い出して、同情すればいい。後悔するといい。
それで、
それで。
その記憶を持ったまま、燈馬君と一緒に生きればいい。
理不尽だけど当然だ。
きっとどんなに記憶を無くしても何回だって、私は燈馬君のことを好きになる。
出会った期間なんて関係無しに、もう、それは運命のように。
視線を向けられていることに漸く気付いて、燈馬君はまた薄く笑う。
私は、締め付けられた胸の痛みを隠しながら、その笑顔に答えて目を細めた。
いい加減終わらせたいなぁ……(トオイメ
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① / ②
2017/05/04 13:00 エピソード丸々一個抜かしてましたorz 追加修正しました。
ようやく私の退院が決まった。……相変わらず、記憶は戻らないままだけれど。
退院したら、あとは定期的に病院へ通って検査をするのと、カウンセリングを受けるだけ。それ以外は日常生活を送っていいということになった。
いつも通りに過ごしていたら急に記憶が戻ったりするそうだ。結局、それ待ちということらしい。
人間の脳みそはまだまだ未知の領域だから、何が起こっても不思議じゃない。不意に戻る、という可能性がままある、とのことだった。
記憶以外は至って健康なワケだから、確かに入院しているよりかは外に出た方が健全だろう。いつまでも寝ていたら、身体まで鈍ってしまって支障がでてしまう。
でも、正直なところ、私には心配があった。
記憶関係での不安ではなくて、日常生活での不安。
……要するに、勉強だ。
学校に通うのは当然だ。学生なんだし。だけど……授業なんてついていけるわけがないじゃん。
私の脳みそは中学卒業レベルの学力(それもあまり褒められない成績)しかない。なのに、学校ではもう2年生の大詰めの勉強をしている。……期末テストとか言われても絶望的じゃないか。
当分は保健室登校で特例としてテストを免除してくれるらしいけど、燈馬君が、それにいい顔をしなかった。
「もしかしたら、そのまま記憶も戻らずに生活するかもしれません。それならば、年相応の学力をつけることに越したことはないですよ」
てな具合に。
言いだしたのは自分だからと、燈馬君は教師役を買って出てくれた。
申し訳ないなぁとは思いつつ、その厚意に甘えるしか私には選択肢が無くて、つきっきりで勉強を見てもらうことになった。
時には保健室で。時には私の家で。ほぼ毎日通って来てくれては要点をまとめたノートを手渡してくれる。燈馬君自身も学校の授業があるだろうに、用事があるだろうに、決まって数時間はつきっきりで見てくれるのだ。
言うだけあって、燈馬君の教え方はすごく上手い。
暗記物以外の教科を教えてくれているのだけれど、どれも理解しやすく、噛み砕いて教えてくれる。
さすがに一、二週間で全部とまではいかないけど、それでもまっさらな頭から、ある程度は高校生の知識レベルは埋められた、と思う。
……もしかしたら、記憶をなくす前よりも賢いかも? と思うのは、たぶん気のせいじゃない。
「いいわねぇ、水原さん。何から何まで燈馬君がやってくれて。まるでお姫様みたい」
保険の先生が、燈馬君が教室に帰った後、私がそのまま保健室で続けている自主勉強を眺めながらふふふ、と笑った。
「スパルタなんですけど。本当、燈馬君には頭が上がらないです」
「記憶が早く戻ればいいのにね。……まだ全然思い出せないの?」
「全然。新しい思い出ばっかりこうやって増えちゃってて、以前の記憶が戻らなかったらヤバイですよね」
軽口を叩きながら、今日の分のノルマをこなす。
「貴重な時間を割いてくれてんのに、燈馬君に恩返しができなくて……せめて追ってた犯人が解ればなぁ」
「無理やり思い出そうとしても良くないわよ。大丈夫、きっと思い出すから」
あれから二ヶ月近くが経過していたけれど、例の事件はまだ解決していない。
私が階段から転落してから……まぁ、記憶を無くす前の私が顔を見たのが原因なんだろうけど、新たな被害は出ていない。
多分警戒してのことで、もしかしたらこれ以降は起きないかも、という見解をミス研のみんなは話していた。
クイーンや事件に片足を突っ込んだ香坂達は「女性の敵だ!」と躍起になって犯人探しをしているけれど、私は残念ながら混ぜてもらえない。
労働力というか力仕事なら自信はあるんだけど、まだ本調子じゃないとか、まずは完治させてから、とか言われてハブられているのだ。
……じつにつまらない。
燈馬君の言う通りに助手のようなことを私がしていたのなら、積極的に手伝った方が思い出しそうなもんだと思うのに。
でもだからといって勝手に調べようにも、私にはどこからとっかかればいいのか解らないからどうしようもない。
結局。今は与えられたことを一つ一つクリアしていくしかないんだな、と、私はほんの少しだけ落胆しながら鉛筆を動かした。
■■■■■
「……あのさ、事件はどうなったの?」
仲間外れにされて1週間。私にしてはよく持った方だと思う。ずっと訊きたいのを我慢して我慢して我慢していたけれど、ついに私は、出された課題を解く手を止めないまま、燈馬君に疑問を口にしてしまった。
燈馬君はぜんぜん動じない。
いつか私が訊いてくるだろうと想定していたんだろう。性格なんて持って生まれたものだし、きっと高2の私だったとしても、我慢できなくて訊いたに違いない。「大丈夫ですから」で誤魔化される人間じゃないっていうのは、きっと解りきっていたんだろう。
表情も変えず視線も上げずに、燈馬君は静かに一回頷いた。
「あれから全く起きていません。多分、水原さんが怪我をしたことで大事になったからだと思います」
以前に香坂が来たときに言っていたけれど、盗撮事件は依頼主の生徒が公にするのに乗り気では無くて、それで進路も決まっていて暇なクイーンが率先して解決しようとしている、そうだ。だから、私が救急車で運ばれた際には事故として扱われたそうで、なんで怪我をしたかとかは周囲には漏れていないらしい。
非常階段から女子生徒が転落、なんて、外から見たら確かにセンセーショナルな話だ。
たとえ生徒じゃ無くても、学校に対して好奇の目が向けられるに違いない。
「このまま発覚を恐れて再犯されない方が被害は広がらなくていいんですが……今はまだ様子見をしているだけでしょう。もう少ししたら、また犯行が始まると思います」
もう少ししたら、というのは。ほとぼりが冷めたらということだろうか。
再犯が今のところ起こらないのは、学校自体に対して注目が少なからず集まっているということと私が犯人の顔を見たから、だと思う。また犯行が行われるとしたら、それは、注目自体が下火になって、なおかつ私が何らかの理由で犯人を識別できないと確認できてからだろう。
まさか私が記憶喪失だとは犯人も思ってないだろう。救急車を呼んだりしてあれだけの大騒動になったから、私が少なくとも病院に運ばれるレベルの負傷したというのは外部からでも解るけれど、その後の動きはごくごく近い人しか知らないはずだ。だから、より慎重に、こちらのことを探っているんだろう。
「でもさ、もう警戒されてるって解ってるしそこまで人目があるうちの学校ででやるよりもさ、他のところでやった方が足がつきににくいんだから、さすがに犯行場所変えるんじゃない?」
私が追っていって接触したんだから、犯人は犯行を警戒されていると理解しているはず。
普通に考えれば、捕まるリスクを冒してまで同じ場所で続けようと思うだろうか。
「可能性はありますが、多分、それはないんじゃないかと」
「なんで?」
「部外者が学校内部に進入するなんて、それこそリスクが高すぎるじゃないですか」
力みも無く、普通の感じでさらっと聞こえた燈馬君の声に、はた、と私のペンが止まる。
「……犯人は、もしかして学校内にいるの?!」
「僕はそう考えています」
しれっと表情も変えずに言うその顔を、私は思わず見つめた。
手からころりとペンが落ちる。
無様な線が、幾何学に走る。
学校内に犯人が居る。
それは、生徒か、先生か。
そんなことをする人間が、近くにいる。
考えてもみなかった。
仲間内に、そういう人間がいるかもしれない、ということを。
そりゃ、学校内の全員を知っているわけじゃないから仲間というのには語弊があるかもだけど、だけど、同じ学校の関係者という枠内にそんな卑劣な人間がいるだなんて、想像してなかった。
「そ、そしたらさ、私が記憶喪失だって気がつくの、ホント時間の問題じゃない? クラスの友達だって知ってるし、先生方なんかみんなに私のこと相談しちゃってるから状況解ってるじゃん?」
声が震える。
だってそしたらこっちのことなんて筒抜けで、いつまた同じ事が起こるかも解らない。
「その記憶喪失が一時的なものか、慢性的なものになるか、見極めてる最中なんだと思います」
怖い。そうなると犯人は、私を常に見張ってるってことじゃない。
ちょっとやそっとじゃやられない自信はあるけど、無防備でいるところを狙われたら無傷で済むかどうか。
犯人が記憶が戻るか戻らないかでやきもきするぐらいなら、って私を狙ってくることもあり得るわけで。
こういう時、高2の私なら返り討ちにしてやる!って言い切れるのかもしれない。
だけど、だけどさ。記憶って寄る辺が無い私は、やっぱり不安もつきまとう。
入院してる間はベッドの上だから身体は鈍っちゃったと思うし、記憶と若干違う手足の長さとか動かし方だとか思った通りに有事に反応できるのか不安だし。日常生活には支障ないレベルの事なんだけど、護身を考えるのなら多分私は弱くなっていると思う。
私が、難しい顔をして沈んでいるのが解ったのか、燈馬君が私の頭をぽんぽんと叩いた。
びっくりして顔を上げると、燈馬君がにこりと笑う。
「心配しないでください。僕も香坂さんも梅宮さんも水原さんの味方ですし、絶対守ってみせますから。二人の実力は水原さんが思ってる以上だと思いますし、僕だって身代わりくらいはできますから」
見た雰囲気はどうしたって頼りないのに、向けられた視線の優しさが、表情が、私を気遣ってくれているのを感じる。
だから、不思議と安心する。絶対大丈夫なんて根拠はない筈なのに。燈馬君は今まで見て来た感じだと「絶対」なんて言葉を使うタイプじゃない。なのにわざと使ったのは、そういう気概があるからだ。
嬉しかった。
きっと高2の私ならこうやって守られないだろう。逆に燈馬君を守る為に、一歩前に立つ。
だから「絶対守ってみせる」という台詞は、きっと私の方が燈馬君に言うだろう。
確信と気持ち、両方伴った形で。
「……うん、自分でも気をつけるけど、お願いするね」
私はなるべく笑顔で、そう答えた。
嬉しかったのに、一瞬で気持ちが萎んでいく。
私を守ってくれると燈馬君が言っているのに、言わせたのは高2の「私」だって気付いちゃったから。
燈馬君を「私」が守っていたように、燈馬君もまた、私を守ろうとしてくれている。
守りたいのは、私じゃない。
燈馬君は、「私」を守りたいんだ。「私」に、いままでの守る行為を返そうと思ってるんだ。
性格も考え方も行動も2年ぽっちじゃ変わりようないだろうけど、でも、燈馬君が見てるのは、常に隣に立ってるのは、高2の燈馬君と一緒に歩いた記憶をもってる「私」なんだ。
私が安心したように見えたのか、燈馬君はまた視線を手元に戻して私の勉強の為の書き込みを再開する。
カリカリとノートを刻む音を聞きながら、私はこっそりと、また燈馬君の俯いた顔を見つめた。
向けられた気持ちの所在なんてずっとずっと解ってたのに、いざこうやって見せつけられたら。
……自分自身が妬ましい。
隠れるように、私はまた俯いて溜め息を吐いた。
このまま記憶なんて戻らなきゃいいのに。
でも記憶が戻らなきゃ、燈馬君と重ねた思い出も消えたままで。だからといって記憶が戻ったら、私のこの気持ちはきっと消えちゃう。
私がこのままでいるとしたら、「私」の気持ちを踏みにじってしまうんだろうか。
「私」が思い出したら、私の気持ちは、永遠に闇の中で朽ちていくんだろうか。
自分自身に嫉妬してるなんて世の中広くてもきっと私だけだろう。
思い出そうが思い出さなかろうが、私は私だ。人格は同じ物だ。解ってる。解ってるけど。
燈馬君は一生懸命に手先を動かしているからか、私の視線には気づいていない。
私は、静かに目を閉じて、たった今目に焼き付けた姿をそのまま頭に描き出す。
せめてこの記憶が、今抱いてる葛藤が、心に爪痕を残せばいい。思い出した「私」が、ちょっとでも傷つけばいい。傷ついて、それで私の事を思い出して、同情すればいい。後悔するといい。
それで、
それで。
その記憶を持ったまま、燈馬君と一緒に生きればいい。
理不尽だけど当然だ。
きっとどんなに記憶を無くしても何回だって、私は燈馬君のことを好きになる。
出会った期間なんて関係無しに、もう、それは運命のように。
視線を向けられていることに漸く気付いて、燈馬君はまた薄く笑う。
私は、締め付けられた胸の痛みを隠しながら、その笑顔に答えて目を細めた。
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