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零れ落ちる夕映えの、 ①

以前思いついて投げっぱなしにしてしまっていた物を頑張って形にしようかなぁと出してきたんですが、何回分になるかもわからない上に、多分、今までのように激しく更新できないんじゃないかなぁ、と思う……まぁ、書き出しちゃえ!


系統としては、多分せつない系になるんじゃないかなぁと思います。
端的に言うと記憶喪失系の話です。
そんな感じで。



落ちてく。
ぐるぐる、ぐるり。
最後に見た、悲愴な顔さえ。
ぐるぐるぐるりと廻って消える。
身体が跳ねる。
視界が振れる。
揺れる毎々呼吸が詰まる。



そんなに心配しないでよ。
このくらい、大丈夫だから。




そんな自分の気持ちさえ。
廻る世界に溶けて消えた。
■■■■■
 目を覚ましたら、見知った顔が心配そうに、私の顔を覗き込んでいる。
「香坂、梅宮。……どうしたのそんな心配そうに」
 鈍くズキズキと痛む後頭部に呻きながら上体を起こすと、掛けられていた上着がばさっと落ちた。埃をはたいて慌てて拾い、持ち主に返そうと二人を見るけれど、二人共きっちり上着を着ていた。持ち主不明の上着はそのまま、とりあえずに膝に置きなおす。
 私が寝ていた所は、どうやら非常階段らしい。 直に触れていた部分は熱を奪われ、手も足も大分ひんやりとしている。 反対に、強かに打ったらしい頭はじんじんと熱を放っている。

「可奈! アンタねぇ、頭から落ちて意識がないとか言うから心配したじゃないっ!! 」
 香坂が、目を釣り上げ、怒る。
 いくらアンタが強いって言ったって無鉄砲にも程があるでしょ、と窘められ、流石の私もしゅんとなる。 相当に、心配をかけたらしい。
「傷は大丈夫ですか? めまいはありますか?」
 二人の後ろから、見たことのない男子が不安そうな顔で覗きこんできた。白いシャツの状態だから、膝の上の上着は、多分この男子の物だろう。
 この傷の原因はこいつにあるんだろうか、と一瞬思ったけれど、だとすればこの二人が黙って道を開けないだろう。
「あ、うん、痛いけど平気……」
 とりあえずこいつも心配はしてるみたいなので、精一杯笑ってみるけれど、やっぱり痛いから、笑顔は相当にぎこちなさそうだ。
 男子は私の傷が気になるのか後頭部に躊躇なく手を当ててきた。急に至近距離に寄ってこられて、私はびっくりして身をよじった。取り巻く三人は、不思議そうにこちらをきょとんと見つめている。
 え? 私が覚えてないだけで、こいつもしかして保健委員か何かで手当とかすんの当たり前なのかな?
 そう思い至り、距離の近さで気恥ずかしいのを必死に我慢した。
 そっと触れる手がひんやりしていて、熱っぽい瘤には気持ちが良かった。

「救急車を呼びました。あなたはそのまま安静にしてなさい」
 携帯電話をしまいながらこちらに歩いてきたのは、また見た覚えのない女子だった。
 知らない生徒も見に来るくらい、大騒ぎになっちゃったんだろうか? 救急車なんてたんこぶくらいで大げさな。
 「えと……ありがとう?」
 けれどとりあえず、私のために動いてくれているらしいから、お礼だけでもと小声で呟くと、梅宮から怪訝な顔をされて、ぽんと肩を叩かれた。
「なんだよ、えらく他人行儀じゃないの?」
「え?」
 思わず、声が上がる。
 私は、まだ高校のクラスメイトの顔を全員覚えていない。 他人行儀と言われても、そこまで数日で親しくなれるものでもないと思う。 この女の子ならともかく、まして、男子ともなれば。

「香坂さん」
 何か言おうとする香坂を、男子が手で制止する。 声色が、先ほどとはうって変わって鋭くなった。
 まだ至近距離にある見慣れない瞳を、私はおずおずと見返した。
「自分の名前は解りますか?」
 すごい真剣な顔をして、彼は真っ直ぐにこっちを睨む。
 あまりの剣幕にびっくりしたけど、何か意味があるのだろうその簡単な問いかけに、とりあえず答えてみる。
「水原可奈、だけど……」
 ちょっと、ほっとした様子で、でも緊張感は解かずに、男子は質問を続ける。
「今は何年、何月、何日ですか?」
「んと……」
 年? 月日?  急に問われても、まだぼーっと霞む頭じゃ正確な日付はすぐには答えられない。
「じゃあ、質問を変えます。年齢は言えますか?」
 年齢、それならすぐに言える。
「16になったばっかり……だったはず?」  
 声を出した途端、香坂が、梅宮が、目の前にいる二人が、明らかに顔色を変えた。
 私、何かへんな事を言った?
 何度答えた内容を思い出して考えても、おかしなところは何一つ思い当たらない。
「……一番最近あった、大きなイベントはありますか?」
 強ばったままの表情で、男子が言う。
 大きな、イベントと言われて思い当たるのは、ただ一つ。
「高校の入学式、かな」


 遠くに救急車のサイレンが響く中、四人の息を飲む音が、聞こえた気がした。

■■■■■

「逆行性健忘?」
 耳慣れない言葉を、反復して口に出してみる。
 静かに目の前の医師が頷いた。

 私の記憶の中では、今は春。入学式が終わって、まだ数日。
 香坂と同じクラスになって運命じゃん! とかついこの間言って、笑いあったばっかりで。
 部活は剣道部に入っている先輩にオリエンテーション前だっていうのに拉致られて。
 どんな会話をしたとか、そういうのまで結構鮮明に覚えている、んだけれど。

 本当は、もう高校2年生で季節は冬。
 非常階段から真っ逆さまに落ちた私は、おそらく頭を打ったショックが原因で、ぼろっとほぼ二年間の記憶を失ってしまった、らしい。
 正直、自覚なんてない。
 本当に、真新しい制服を着た感覚とか、見慣れない通学路とかに感動した記憶が昨日のことのように鮮明で(まぁ、私の中では本当に昨日とか一昨日とかそのへんだから全然不自然じゃないんだけれど)、2年前の記憶なんだ、と言われてもピンと来ない。
 たかだか二年くらいじゃ、男子はともかく女子は見た目の変化なんて髪型ぐらいしかない。香坂も梅宮も、これといって変化は見えなかったから余計に信じられなかった。


 入院の手続きを取るということで保健の先生と母さんと、三人で連れ立って待合室に出ると、後からついてきてくれたのか、四人が心配そうに長椅子に座って待っていた。
 かける言葉が思いつかないのか、梅宮が口をパクパクさせている。
 大丈夫?、じゃないし、どうなった?っていうのもどうかとか、もごもご独り言のように慌てているのを見て、なんだかおかしくなってついつい笑ってしまった。
 急に笑い出した私にびっくりして、四人が固まっているのを見て、違う違う、心配してる皆を馬鹿にしてるんじゃないよ、と手を振った。
「私ね、二年間分の記憶が残ってないんだって」
 あくまで、深刻にならないように軽く言う。
「傷はたんこぶだけで済んでるし、他にもたいした怪我はないけど、こういうことだからちょっとの間、検査とか経過観察?とかそういうので入院なんだってさ」
 皆の言葉は、無い。
 まぁ、そりゃ当たり前だよね。
 普通からしたら、記憶が無いなんて大事件だ。
 でも、私自身には、本当に自覚らしい自覚がない。
 目が覚めたら、二年後にタイムスリップしていた、というのが正直な感想だ。
 深刻ぶる気にもなりゃしない。

 ただ、気になることはあった。

 ちょっと離れたところに座る、さっき手当をしてくれた男子に、歩み寄る。
「ゴメン、色々忘れちゃってて」
 びくり、と顔が上がる。
 一瞬、泣いてるんじゃないかってくらい、悲しそうな顔をしたように、見えた。
「えと、高校で出来た友達なんだよね?」
 消え入りそうな感じで微笑んでる男子に、なんて言葉を交わそうか考えて、結局この場にいるんだから当たり前の間の抜けた問いを投げかけてしまった。
 でも、それを笑うことなく微かに頷いて、燈馬想と言います、と彼は名乗った。
 名乗り、差し出された手を、私はそっと握り返す。
 傷に手を当ててくれた時のまま、彼の指先はとても冷たかった。
 よっぽど、心配をかけたんだなと、罪悪感が胸いっぱいに広がった。

 彼に関する記憶が一切ない。
 彼だけでなく、もう一人の女子に関しても、勉強やら何やら二年間のこと全てなんだけれど。
 それだけで申し訳なくて、謝りたくて仕方がなかった。
 目が覚めた時の心配した様子や、傷口を診る真剣なまなざしや、記憶がないとわかった時のあの悲痛な表情がどうしても目に焼きついていた。

 
 どういう経緯で、こいつと友達になったんだろう?
 どう考えても、自分だったら友達にするタイプの人間ではないように思う。
 こんなに心配してもらえるのなら、相当仲のいい部類だったんだろう。
 純粋に好奇心で、知りたいなぁ、と思った。


「あなたと燈馬君は、ミステリ研究会の部員です」
 肩を叩かれて後ろを振り向くと、もう一人の、覚えていない人物が腕を組んで立っていた。
 ミステリ研究会。
 また、自分とは縁のなさそうな部活だ。
 大体、剣道部に入っているだろう私は、ミステリ研究会と掛け持ちでやっていけてるんだろうか?
 不思議で不思議で仕方がない。
「えぇと、あなたの名前、きいていい?」
「江成姫子。あなたは私のことをクイーンと呼んでいましたから、そう呼ぶように」
 凛とした声が響くけれど、虚勢を張っているようにも見えた。彼女も相当に動揺しているのだろう。
 同じ部活、ということは、彼女とも交流があったはずなのだ。
 その相手の記憶がまるっきりないのでは、無理もないんじゃないかなぁ、と思った。

「私は、なんで階段から落ちたの?」
 クイーンに、訊ねてみる。
 燈馬君とクイーンが、恐らくあの場に居合わせたんだと思う。
 で、クイーンが保健の先生や救急車を呼び、燈馬君が応急処置をした。
 香坂の口ぶりだと後から二人は来たんだろうし、そう考えなければ不自然だ。
「事件を追っていたんです」
「事件?」
 学校内で事件なんて、きな臭い。
 意外に思って思わず反芻すると、クイーンは大きく頷いた。
「盗撮事件です。ミステリ研究会に来た依頼で部員全員で追っていました。あなたは、いち早く犯人を見つけて追っていて、非常階段から突き落とされた」
 ふぅ、とクイーンが一息ついて、また、私を見つめ直した。
「あなたは、犯人を見ているはずです」
 消えてしまった記憶の中に、犯人の手がかりがあるはずです。
 強い、視線に。
 思わず気圧された。


 私が忘れてしまったせいで、犯人が捕まえられない?
 ざわりと、胸が騒ぐ。
 その些細な反応に気がついてくれたのか、江成さん、と燈馬君がクイーンを止めてくれた。けれど、私の足は力が抜けて。へたり、とその場に膝をつく。

 ちょっと前まで、夢の中にいるみたいで真剣に事実に向き合ってなかった。
 完全におのぼりさん気分で、先生の言い方もいつかは思い出す、みたいなことを言っていたし、二年後の世界を見てやるか、それくらいの、軽い気持ちでいた。

 空白の記憶は確かに気にはなっていた。
 燈馬君との関係も、クイーンとの関係も。
 もしかしたら幼馴染の二人とだって、なにか変わったことがあったかもしれない。
 でも、それはあくまで気になる程度で、どこか、ミーハーな心持ちだった。
 思い出さなければいけないんだ! という切迫した気持ちでは無かった。

「水原さんが思い出さなくても、犯人は捕まえられます」

 燈馬君が、ぎゅっと手を握ってくれる。
 血の気が引いて、薄暗く感じる視界に、やわらかな笑顔が飛び込んでくる。
「捕まえますから、水原さんは心配しないで大丈夫です」


 なんでだろうか。
 頭では理解できないけれど、身体は覚えてるんだろうか?
 燈馬君が大丈夫、と言ってくれただけで、身体が軽くなる気がした。
 どうしたらいいんだろう、取り返しのつかないことをしちゃったのかな、と身体が強ばって動かなくなっていたのに。
 よっぽど、彼のことを私は信頼していて、大丈夫、と言われたことは本当に大丈夫なんだと信用しているのだろう。
 そんな身体の変化に、気持ちはついていけないのだけれど。

 
 ふらりと、めまいが襲ってくる。
 記憶を探るために、診断中も、会話をしていてもずっと精神的に負担をかけていたせいなのか。
 くらくらと、天井が回る。
 燈馬君に抱きとめて貰っているのは判るけれど、感覚もなくなっていく。


 次に目が覚めたときには、私は、「高校2年生の私」なんだろうか。
 それとも、今の「15歳の私」なんだろうか。

 不安に思う心さえも麻痺をして。
 ぶつりと意識の糸は切れた。

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