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化学変化とその構造式 ④ (想可奈) 追記あり

たいへん、お待たせしました……
続きができましたので、どうぞ~


追記;6/21 17:10
真ん中らへんをだいぶ書き直しました……
どうも気に入らなかったので。
台詞から話をつくると、描写を入れるのがどうも難しいです……
スキルが欲しい。 





静かな室内に、カリカリと文字を書く音だけが響く。
 一つは、今自分が立てている、ヤマを張った問題を書く筆記音。
 一つは、可奈が立てているだろう、小テストの復習をする筆記音。
 珍しく可奈が長い時間机に向かっているな、と燈馬はちらっと前を見る。
 視線の先の少女は、真剣にノートに何かを書いている、ように見えた。

 少なくとも、復習ではなさそうだ。
 書いては上からがしがし線を書いて消し、またその下にある程度書いては消し、を繰り返している。

 「燈馬君」
 下を向いたまま、可奈が唐突に訊く。
 「あのさ……好きな人っている?」


「……は?」


 燈馬の手から、シャープペンがころりと落ち、止まる。
 それ、今、このタイミングで訊くことですか?
 そう問おうと思っても、動けない。 
 少なくとも、勉強をしているときの話題ではない。
 ましてや、その話題を振ってきたのが可奈なら余計に言いづらい。

 「どうなのさ」
 返す言葉が見当たらず黙っていると、可奈は視線を上げて、燈馬に詰め寄る。

 ……喧嘩腰に訊くようなことじゃないだろうに。可奈らしいといえば、可奈らしい。
 あまりにも近すぎる視線からすこしばかり身を引き、一息ついて改めて視線を交わす。
 怒り顔ながらも、潤んだ瞳にどきりとする。
 ああ、ずるいな。
 そんな顔をされたら、困ってしまう。
 どう伝えればいいのか悩みに悩み、やっとのことで、燈馬は口から搾り出す。

 「好きでない人と勉強をしたりはしません」

 当たり障りのない、嘘ではない答え。
 口にして、元のように視線を落とすと、可奈に腕をつかまれた。
 「違う、その好きじゃなくて」

 その好きじゃなくて、というのは。
 「どういう好きですか」
 想に問われて、可奈は反射的に手を引っ込める。
 「ど、どういう好きって……」
 ラブの方の好きだ!とはなんとなく気恥ずかしくて言いづらく、目が泳ぐ。
 そんなの、話の流れでわかるじゃん!
 そこまで伝えなきゃ伝わらないのか、この男は!!
 視線が合わせられないまま、自分勝手に嘯く。

 無論、燈馬は最初から質問の意図を理解していた。
 目の前の少女は急に『気がついた』のだろう。
 燈馬が可奈に好意を持っているということを。
 隠していたつもりもない。
 わざわざ自分から伝えるつもりもない。
 そう、思っていた。

 しかし、気持ちを問われたのなら、答えを出すべきだ。



 燈馬はおもむろに、可奈の手を取った。
 この鈍い少女には、きっと直球じゃなきゃ伝わらない。
 可奈は驚いたように自分の手を見つめ、そして視線を上げる。
 真剣な表情をした燈馬に、一瞬見惚れる。

 「……どっちの意味でも答えは変わりませんよ。 僕は水原さんが好きです」


 「えっと……はい」


 あまりにも唐突に告白されたため、可奈は間抜けな返事をすることしか出来なかった。
 ふらふらと、その場にへたり込む。
 燈馬はその様子に満足したのか、そのまま、何も無かったかのように座り、先ほどまでの続きを始める。
 可奈は固まったまま、動けない。
 恥ずかしいような困ったような、嬉しいような、いろんな感情がごった返して津波を起こしているようだ。


 「……あのさ」
 たっぷり数分はそのままだったか。
 やっとのことで我に返り、可奈は紙に向かう少年に問う。
 「やっぱり返事っているよね?」

 好きだよ、と言われたら。
 私も、とかごめんなさいとか返事をする。それが告白の常識。
 そう思って、火を噴きそうな顔を抑えて訊ねる。
 まだ頭の中ではまとまっておらず、もう二、三日待ってとかお願いしようかな、と思いを巡らせている正面で、燈馬は静かに首を振った。

 「返事はいらないです」



 「……いらないって、どういうこと」
 可奈の顔から、すっと血の気が引く。
 燈馬は可奈の方を見ずに、ひたすら手元の物を書きながら答えた。
 「僕は、水原さんの問いに答えただけですから」


 なんだ、それ。
 可奈の胸がちくりと痛む。

 「こちらからは付き合ってくださいとか、そういう要求をしていません。 ただ、僕の気持ちを答えただけですから」

 言葉が頭にぐわんぐわんと反響する。
 問いに答えただけ。
 付き合ってくださいとか、要求していません。


 ……私の気持ちは、聞いてくれないの?



 「私の気持ちは、どうでもいいわけ?」
 喉の奥がぎゅっと潰れ、変に掠れた声になる。
 普通にしゃべろうとしたはずなのに、思ったように音が出ない。
 喉だけではなく、身も縮こまっているようだ。
 身体のどの箇所も、思ったように動かせない。

 「今、一緒にいてくれているんですから、少なくとも好意は持ってくれてますよね。それで十分です」
 本当に、本当に憎たらしいくらい普段通りの調子で、燈馬が答える。



 違うよ。
 そういう好きじゃなくて!
 もし、両思いだったら。
 一緒に手をつないで歩いたりだとか、ふたりっきりでデートしたりとか、そういう、楽しいことができるのに。

 そういうのも考えないで、自分だけで気持ちを完結させちゃって。
 まだ、好きなのかどうなのかは解らないけど、私の、この気持ちの行き場は?

 悔しくて苦しくて、ぽろぽろ涙が出てくる。
 締まった喉からは嗚咽のようなものしか出ず、さらに、身体を蝕んでいくようだった。


 「水原さん?」
 急に泣き出して心配になったのか、燈馬が肩に触れる。
 可奈は、その手を振りほどき、近くにあった筆入れを投げた。
 「燈馬のわからずや!」

 ばしっ!

 至近距離のため、筆入れは見事に顔に当たった。
 燈馬はつんのめってしまったが何とか持ち直し、鼻をさすりながら落ちた筆入れを拾う。
 「じゃあどうすればいいんですか?」
 ため息交じりに可奈に向き直ると、
「わかんないよ!」
 と、怒ったような、泣いたような、複雑な表情をして、彼女はこちらを見つめていた。
 


 「……わかんないんだよ……」
 ついさっきまで悔しくて動けなかったはずなのに、急に悲しくなって。
 こんなことで泣いてるなんてらしくない、馬鹿みたいだ、と頭の奥では冷静に思っているのだが、どうしようもなく、悲しい。理屈じゃない。
 私ってこんなに情緒不安定だったっけ?と自問するが答えは出ない。


 しゃくりあげる呼吸も落ち着いてきたところで、ぽそりぽそりと、話を始める。
 何を言うかは考えていない。
 ただ、喋りたかった。

 「私、燈馬君と一緒にいるの好きだよ。 でも、燈馬君のことを友達以上に好きとか、まだ解らないんだよ……」
 どう声をかけていいかわからず、燈馬は静かに聴いている。
 可奈は、そんな彼の気配を感じ、思うまま、言葉を紡ぐ。
 「でもさ、私の気持ちなんか、どうだっていいみたいな言い方されると腹が立つんだ」 
 「どうだっていい、なんて思ってませんよ」
 燈馬の手が肩に触れ、可奈は顔を上げる。
 やさしい笑顔が目の前にあった。
「僕が訊いたら、水原さんが答えられなくて、こうやって苦しむと思いました、だから」
 優しく、諭すように、燈馬は言う。


 それってさ。
 着々と冷静になっていく頭で、可奈は些か気になった。
 こうやって柄にもなく悩んで、苦しんで、泣いて。
 私自身が解らないことを、解ってたってこと?
 私だけうだうだ悩んで、燈馬君はお見通しだったってこと?

 そう思うと、なんとも自分がふがいなく、そして、燈馬が憎たらしく感じてきた。

 目の前の燈馬の笑顔は、気遣うように穏やかで。
 だから余計に、違う意味の『悔しさ』がこみ上げてくる。
 

 「……けてやる」
 「え?」
 「答え……見つけてやる……」
 可奈は急に立ち上がると、燈馬の襟首を掴んだ。
 「え?水原さん?」
 あっけに取られる燈馬をそのまま玄関まで引きずると、無造作に鞄を投げ渡す。

 「見てろよ、燈馬!!」
 びっと燈馬を右手で指す。
 「絶対、私の答えを見つけるから!明日までに! 聞かなかったことを後悔すんなよ!!」

 燈馬ははぁ、と気のない返事をして、いかり肩で部屋に戻る可奈を見送った。
 ……どう答えればよかったのか。
 部屋に消えていった後姿を思い浮かべ考えてみるが、答えは出なかった。



宿題提出日、明日

『ピンチな状況で5つのお題』
提供屋様  http://teikyoya.web.fc2.com/
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