化学変化とその構造式 ⑤ (想可奈)
書き直し終了~。
時間が掛かりましたが、なんとか完結できました。
構造式を思ったとおりに入れられたので、なんとかつじつまがあったかな?
時間が掛かりましたが、なんとか完結できました。
構造式を思ったとおりに入れられたので、なんとかつじつまがあったかな?
お題で連作するのって大変ですね。
次は、最初から大筋の話を決めてから取り掛かろうと思います……
次は、最初から大筋の話を決めてから取り掛かろうと思います……
ああは言ったものの。
どうしよう。
すっごく顔が合わせづらい。
燈馬を追い出した後、頭に血が上っている状態で勉強なんて手に付かず。
仕方なしに可奈は早めに夕飯を食べ、風呂に入り、布団に潜った。
ぐだぐだ寝入るまで考えていた気もするが、気が付いたら朝になっていた。
確か、途中で考えるのが面倒くさくなったような気がする。
一晩寝て、改めて思い起こす。
見てろよ、燈馬!!
絶対、私の答えを見つけるから!明日までに! 聞かなかったことを後悔すんなよ!!
ああ、……燈馬君にとんでもない宣言をしてしまった。
背中に、嫌な汗が浮いてくる。
わー、どうしよう。
本当に。学校行きたくない。
布団にもぐってもぞもぞしてると、可奈の母が起こしに部屋に入ってきた。
隙間から顔を出し、おはようと言うと、母は心配そうに首をかしげる。
「あんた、ずいぶんと顔赤いわよ、大丈夫?」
布団の中の熱気にやられたのか、悶々と考えてしまったために頭に血が上ってしまったのか。
どちらかは解らないが、確かに、可奈の顔は心配されるくらい赤かった。
……それだ。
可奈は大げさにふらふら上体を起こすと、そのまままたベッドに倒れる。
「なんだかふらふらする~、熱があるかも~」
そういうと母は大変、とぱたぱた階下に下りていく。
ごめん、お母さん。
ドアに向かって、可奈はバツの悪い顔で手を合わせた。
「水原休みなのー?」
「めずらしいこともあるのね~」
ホームルーム前のざわついた教室の中で、その声だけ耳が拾った。
昨日まであんなに元気だったのに、何かあったんだろうか?
燈馬は可奈の席を見る。
……いや、予兆はあったのかもしれない。
帰る間際の、顔色が赤くなったり、青くなったり忙しい様子を思い出す。
あの時点で、本当は体調が悪かったのかもしれない。
そう思いをめぐらせたところで、クラス担任が入ってきて教室が静かになる。
担任に促され、燈馬は号令をかける。
「起立」
がたがたと、クラスメイトが立ち上がる。
ああ、日直じゃなければすぐに帰って見舞いにいけるのに。
窓の外を眺めながら、燈馬は礼、と声を発した。
「どうせ今頃、みんな鬼の霍乱だとか言ってるんだろうなー」
天井をボーっと眺めながら、可奈は独り言をつぶやいた。
やることがなくて、ただ寝転がってボーっとする。
考えることはたくさんあったはずだが、すべてが面倒臭い。
……燈馬君、心配してるかな?
不意にそう思ってしまい、可奈はぶんぶんと頭を振る。
燈馬くんと会うのが気まずくてズル休みしてるんじゃん!
何よ何よ、と頭の隅に思考を追い出す。
……が、どうしても、もやもやと燈馬のことを思い返してしまう。
泥沼だなー。
可奈はため息をつく。
考えたくなくても、燈馬のことを考えてしまう。
絶対、私の答えを見つけるから!明日までに!
昨日、自分が発した言葉を呪う。
今日までに、どうやって自分の答えを見つけるって言うんだよ。
勉強が、授業が、そういった口実は、休んでしまったため一切成り立たない。
ただただ、考える時間だけがいっぱいある。
自分と向き合って答えを出す、しかないのか。
前言撤回は、燈馬にも自分にも負けるような気がして、したくなかった。
燈馬君は、私にとって、どんな人?
いろいろ思いを巡らせるも、大事な人という以外、答えは出ない。
いつだって助けてくれるとか、なんだかんだで優しいとか。
傍に常にいてくれるとか、私の無理な話もちゃんと耳を傾けてくれるとか。
こういうところが好き、と色々思うところは出てくる。
でもそれは、燈馬を形作る要素であって、好きか嫌いかの決定的なものでなくて。
また、面倒臭くて考えることを放棄しそうになる。
……あれ?
可奈は、違和感を感じた。
そもそも人を好きになるのに、もっともらしい理由なんて必要だろうか?
別に大義名分のためやつじつまあわせのために恋をするわけじゃない。
ただ、この人は好きだ。そういうものなんじゃないのか。
ラブとかライクとか、好きな要素とか、そういうのは『後付け』であって好きかどうかというのは白黒はっきりわかるものじゃないんだろうか。
なんとなく、答えが出た気がした。
可奈はベッドから立ち上がり、制服に手を通す。
時計に目をやると、時間はもう3時を回っている。
……授業中は気まずいから、放課後ギリギリに行くか。
昨日の宿題を燈馬に提出しなくては。
可奈は、部屋をそっと抜け出した。
自分以外誰もいない教室で学級日誌をつけていると、見知った姿が教室に飛び込んでくる。
「水原さん」
熱を出して休んだはずの、可奈だった。
彼女はびっくりした様子で後ずさったが、おはよう、とおずおず手を上げる。
「大丈夫ですか?熱があるって聞いたんですけど」
まだ、顔は赤い。
熱が抜け切れていないように見えた。
心なしか、ふらふらしている。
可奈は、燈馬の隣の席に座ると、首を振った。
「大丈夫、もうだいぶ下がったから」
まだ赤いですよ、と声をかけても、可奈はホントに平気だからと、静かに笑った。
「忘れ物があったから、ちょっと頑張って来たんだ」
忘れ物くらい、言ってくれればお見舞いがてら届けるのに。
そう思った後、はっと気づく。
昨日の今日だから、本当は水原さん、僕と顔を合わせづらいんじゃないのかな。
正直、燈馬も気まずかった。
昨日の発言は、他意も下心も無く、本心を言っただけだったのが、結果、可奈を困らせ、泣かせて、怒らせる結果になってしまった。
こういう状態で、どんな顔で会ったらいいのか解らない。
自然と、二人とも目が合わせられないまま。
静かになった室内に、こちこちと時計の秒針の音がする
「燈馬君、日直だったんだ。もう一人は帰ったの?」
「……はい」
会話が、うまく続けられず、燈馬はただ、返事をした。
いつもは二人でいるととても楽しいのに、今日は居心地が悪い。
教室から自分がいなくなれば、可奈は忘れ物を取ってすぐに帰ってしまうだろう。
多分、それがお互いのために、一番いい方法だ、と燈馬は思った。
もし、仮に。
このまま、可奈と距離が離れてしまうとしても。
それは、仕方のないことだと思う。
人の気持ちを繋ぎ止めることなんてできやしないし、しようとも思わない。
自分には、そんな価値もないし、資格もない。
不意にそんな思いに駆られ、段々沈んでいく自分の気持ちを自覚しながら、燈馬はやっとのことで日誌を書き上げた。
「……じゃあ、日誌を届けてきますので」
がた、と椅子の足が鳴った。
可奈の身体がびくりと跳ねる。
音に驚いてのことだったんだろうが、別の意味にも感じられ、どんどんどす黒い気持ちになっていく。
燈馬は立ちあがると、そのまま教室の外に足を踏み出した。
可奈の方は見ない。見ていられない。
一緒に帰りましょう、とは、言えなかった。
これ以上、可奈に迷惑をかけてはいけない。
可奈は、何か言いかけたが留まり、出て行く燈馬に手を振った。
「行ってらっしゃい燈馬君」
日誌を職員室に置き、教室に帰ると、想像通り、可奈はいなかった。
期待をしていたわけではないのに、心が傾くのが解る。
もし、こんな事態になっても、平気だと思っていた。
それなのに。
もともと本調子じゃなかったから、大事を取って早く帰って休んだほうがいい。
頭ではわかっているつもりでも、胸に空いた空白が痛かった。
あと少しで終わるから、と自分を奮い立たせて燈馬は黒板に向かった。
あとは、日付と日直の名前を書き直すだけ。
目を黒板に向けたとき、違和感を覚えた。
自分の隣に書かれている名前が違う。
「……なんで水原さん?」
どう思い返しても、今日一緒に日直をこなしたのは別の人間であるし、書かれていた名前もその人物だった。
と、すれば。
自分が職員室に日誌を届けてる間に、誰かが入ってきて書き換えたに違いない。
……大方、ひひやかすために大人げないクラスメイトが書いたのだろう。
今、水原さんの名前を見たくなかったのに。
そう思いさっさと次の人に書き直そうと近寄ると、名前以外にも、文字が小さく書いてあるのを見つけた。
もっと近寄ると、教卓の陰になっていた部分にも、文字が書いてあった。
それは。
水原可奈
『は』
燈馬想
『が』
『好きだ。文句あっか!!』
瞬間、跳ねるように窓に駆け寄る。
人通りがまばらな校庭に、可奈は教室を見つめて立っていた。
燈馬の姿を見かけると大きく手を振り、地面に何か大きく書きはじめた。
すべてを書き終えると、可奈が満足した様子でピースサインを送った。
燈馬はそれを見て真っ赤になる。
安堵のような恥ずかしさのようなえもいえない気持ちになり、くたりと窓辺に座り込む。
感情の整理がつかずに放心状態になってしまったが、しばらくすると気持ちも落ち着き、はっと頭が醒める。
もう一度、校庭を見る。
可奈は、笑っている。
体がくっくっと思わず震え、こちらも笑いが込み上げてくる。
笑うしかない。
さすが、水原さんだ。
こんな突拍子もない告白、誰も思い付かない。
Q.E.D.
やっとわかったよ。
宿題提出完了!!
水原さん、僕も解りました。
人を『好き』になるっていうことは、その相手の言葉や行動で一喜一憂してしまう。
その力は絶大的で、どんなに理由が解っていても、逃れることが出来ない。
自分の中にも、こんなに重い感情があったなんて、知りませんでした。
相手が、自分のことを好きでいて欲しい。
好きでいてくれるのは、嬉しい。
そう思うのが、自然なことだったのに。
全然、気が付いてませんでした。
可奈は伝わったのが嬉しいのか、ぶんぶん手を振っていた。
しかし、伝わった、と言うことで我に返ったのか、急に手を止め、そそくさと足元の文字を消し始めた。
ああ、切り取って残しておきたかったのに。
燈馬はそう思ったが、あっというまに地面の色が濃い土色に変わっていく。
完全に消えたことを確認した可奈は、はにかみながら叫んだ。
「燈馬君、じゃあ、また明日ね!」
言うが早いか。 可奈は燈馬の返事も待たず、くるりときびすを返し、走り出す。
また、明日。
明日からは、もっと素直に、燈馬君の気持ちを受け取れる、私に。
もっと素直に、燈馬君を好きって言える私に。
……なれればいいなぁ。
とりあえず、今日は。
まだ、恥ずかしいから。
可奈は、後ろも振り返らずに、走って逃げた。
受け取った『宿題』を、消すにはもったいなくて、燈馬はしばらく見つめる。
自分と可奈の間に書かれている文字が、まるで記号で繋がっているように見えた。
この構造式の解は。
サラサラと黒板に展開し、答えを出す。
Q.E.D.
明日、可奈と答え合わせをしよう。
そう心に決めると、書いてあること全てを消した。
名前も、構造式も、解も、なにもかもを。
また明日。
黒板に残った粉をはたくと、そのまま燈馬は帰路に着いた。
にげられない
『ピンチな状況で5つのお題』
提供屋様 http://teikyoya.web.fc2.com/
化学変化とその構造式 おしまい。
あとがきというかいいわけというかネタバレ的な何か。
化学反応=可奈ちゃんの中の疑惑とか確信とか、可奈ちゃんの内面の変化
構成式=私は燈馬君が好きだ~という、図式。あるいは、それを記述したもの
記号式なんて存在しねぇ!
というわけで題名ちょこっと変えました。
構造式って化学の授業でやる、分子と分子の間に線が引っ張ってある、あれです。
うちの高校では化学は一年でやったんだけど、他の学校でも二年生ではやらない?
私立とかどうなのかしら。うむむ。
どうしよう。
すっごく顔が合わせづらい。
燈馬を追い出した後、頭に血が上っている状態で勉強なんて手に付かず。
仕方なしに可奈は早めに夕飯を食べ、風呂に入り、布団に潜った。
ぐだぐだ寝入るまで考えていた気もするが、気が付いたら朝になっていた。
確か、途中で考えるのが面倒くさくなったような気がする。
一晩寝て、改めて思い起こす。
見てろよ、燈馬!!
絶対、私の答えを見つけるから!明日までに! 聞かなかったことを後悔すんなよ!!
ああ、……燈馬君にとんでもない宣言をしてしまった。
背中に、嫌な汗が浮いてくる。
わー、どうしよう。
本当に。学校行きたくない。
布団にもぐってもぞもぞしてると、可奈の母が起こしに部屋に入ってきた。
隙間から顔を出し、おはようと言うと、母は心配そうに首をかしげる。
「あんた、ずいぶんと顔赤いわよ、大丈夫?」
布団の中の熱気にやられたのか、悶々と考えてしまったために頭に血が上ってしまったのか。
どちらかは解らないが、確かに、可奈の顔は心配されるくらい赤かった。
……それだ。
可奈は大げさにふらふら上体を起こすと、そのまままたベッドに倒れる。
「なんだかふらふらする~、熱があるかも~」
そういうと母は大変、とぱたぱた階下に下りていく。
ごめん、お母さん。
ドアに向かって、可奈はバツの悪い顔で手を合わせた。
「水原休みなのー?」
「めずらしいこともあるのね~」
ホームルーム前のざわついた教室の中で、その声だけ耳が拾った。
昨日まであんなに元気だったのに、何かあったんだろうか?
燈馬は可奈の席を見る。
……いや、予兆はあったのかもしれない。
帰る間際の、顔色が赤くなったり、青くなったり忙しい様子を思い出す。
あの時点で、本当は体調が悪かったのかもしれない。
そう思いをめぐらせたところで、クラス担任が入ってきて教室が静かになる。
担任に促され、燈馬は号令をかける。
「起立」
がたがたと、クラスメイトが立ち上がる。
ああ、日直じゃなければすぐに帰って見舞いにいけるのに。
窓の外を眺めながら、燈馬は礼、と声を発した。
「どうせ今頃、みんな鬼の霍乱だとか言ってるんだろうなー」
天井をボーっと眺めながら、可奈は独り言をつぶやいた。
やることがなくて、ただ寝転がってボーっとする。
考えることはたくさんあったはずだが、すべてが面倒臭い。
……燈馬君、心配してるかな?
不意にそう思ってしまい、可奈はぶんぶんと頭を振る。
燈馬くんと会うのが気まずくてズル休みしてるんじゃん!
何よ何よ、と頭の隅に思考を追い出す。
……が、どうしても、もやもやと燈馬のことを思い返してしまう。
泥沼だなー。
可奈はため息をつく。
考えたくなくても、燈馬のことを考えてしまう。
絶対、私の答えを見つけるから!明日までに!
昨日、自分が発した言葉を呪う。
今日までに、どうやって自分の答えを見つけるって言うんだよ。
勉強が、授業が、そういった口実は、休んでしまったため一切成り立たない。
ただただ、考える時間だけがいっぱいある。
自分と向き合って答えを出す、しかないのか。
前言撤回は、燈馬にも自分にも負けるような気がして、したくなかった。
燈馬君は、私にとって、どんな人?
いろいろ思いを巡らせるも、大事な人という以外、答えは出ない。
いつだって助けてくれるとか、なんだかんだで優しいとか。
傍に常にいてくれるとか、私の無理な話もちゃんと耳を傾けてくれるとか。
こういうところが好き、と色々思うところは出てくる。
でもそれは、燈馬を形作る要素であって、好きか嫌いかの決定的なものでなくて。
また、面倒臭くて考えることを放棄しそうになる。
……あれ?
可奈は、違和感を感じた。
そもそも人を好きになるのに、もっともらしい理由なんて必要だろうか?
別に大義名分のためやつじつまあわせのために恋をするわけじゃない。
ただ、この人は好きだ。そういうものなんじゃないのか。
ラブとかライクとか、好きな要素とか、そういうのは『後付け』であって好きかどうかというのは白黒はっきりわかるものじゃないんだろうか。
なんとなく、答えが出た気がした。
可奈はベッドから立ち上がり、制服に手を通す。
時計に目をやると、時間はもう3時を回っている。
……授業中は気まずいから、放課後ギリギリに行くか。
昨日の宿題を燈馬に提出しなくては。
可奈は、部屋をそっと抜け出した。
自分以外誰もいない教室で学級日誌をつけていると、見知った姿が教室に飛び込んでくる。
「水原さん」
熱を出して休んだはずの、可奈だった。
彼女はびっくりした様子で後ずさったが、おはよう、とおずおず手を上げる。
「大丈夫ですか?熱があるって聞いたんですけど」
まだ、顔は赤い。
熱が抜け切れていないように見えた。
心なしか、ふらふらしている。
可奈は、燈馬の隣の席に座ると、首を振った。
「大丈夫、もうだいぶ下がったから」
まだ赤いですよ、と声をかけても、可奈はホントに平気だからと、静かに笑った。
「忘れ物があったから、ちょっと頑張って来たんだ」
忘れ物くらい、言ってくれればお見舞いがてら届けるのに。
そう思った後、はっと気づく。
昨日の今日だから、本当は水原さん、僕と顔を合わせづらいんじゃないのかな。
正直、燈馬も気まずかった。
昨日の発言は、他意も下心も無く、本心を言っただけだったのが、結果、可奈を困らせ、泣かせて、怒らせる結果になってしまった。
こういう状態で、どんな顔で会ったらいいのか解らない。
自然と、二人とも目が合わせられないまま。
静かになった室内に、こちこちと時計の秒針の音がする
「燈馬君、日直だったんだ。もう一人は帰ったの?」
「……はい」
会話が、うまく続けられず、燈馬はただ、返事をした。
いつもは二人でいるととても楽しいのに、今日は居心地が悪い。
教室から自分がいなくなれば、可奈は忘れ物を取ってすぐに帰ってしまうだろう。
多分、それがお互いのために、一番いい方法だ、と燈馬は思った。
もし、仮に。
このまま、可奈と距離が離れてしまうとしても。
それは、仕方のないことだと思う。
人の気持ちを繋ぎ止めることなんてできやしないし、しようとも思わない。
自分には、そんな価値もないし、資格もない。
不意にそんな思いに駆られ、段々沈んでいく自分の気持ちを自覚しながら、燈馬はやっとのことで日誌を書き上げた。
「……じゃあ、日誌を届けてきますので」
がた、と椅子の足が鳴った。
可奈の身体がびくりと跳ねる。
音に驚いてのことだったんだろうが、別の意味にも感じられ、どんどんどす黒い気持ちになっていく。
燈馬は立ちあがると、そのまま教室の外に足を踏み出した。
可奈の方は見ない。見ていられない。
一緒に帰りましょう、とは、言えなかった。
これ以上、可奈に迷惑をかけてはいけない。
可奈は、何か言いかけたが留まり、出て行く燈馬に手を振った。
「行ってらっしゃい燈馬君」
日誌を職員室に置き、教室に帰ると、想像通り、可奈はいなかった。
期待をしていたわけではないのに、心が傾くのが解る。
もし、こんな事態になっても、平気だと思っていた。
それなのに。
もともと本調子じゃなかったから、大事を取って早く帰って休んだほうがいい。
頭ではわかっているつもりでも、胸に空いた空白が痛かった。
あと少しで終わるから、と自分を奮い立たせて燈馬は黒板に向かった。
あとは、日付と日直の名前を書き直すだけ。
目を黒板に向けたとき、違和感を覚えた。
自分の隣に書かれている名前が違う。
「……なんで水原さん?」
どう思い返しても、今日一緒に日直をこなしたのは別の人間であるし、書かれていた名前もその人物だった。
と、すれば。
自分が職員室に日誌を届けてる間に、誰かが入ってきて書き換えたに違いない。
……大方、ひひやかすために大人げないクラスメイトが書いたのだろう。
今、水原さんの名前を見たくなかったのに。
そう思いさっさと次の人に書き直そうと近寄ると、名前以外にも、文字が小さく書いてあるのを見つけた。
もっと近寄ると、教卓の陰になっていた部分にも、文字が書いてあった。
それは。
水原可奈
『は』
燈馬想
『が』
『好きだ。文句あっか!!』
瞬間、跳ねるように窓に駆け寄る。
人通りがまばらな校庭に、可奈は教室を見つめて立っていた。
燈馬の姿を見かけると大きく手を振り、地面に何か大きく書きはじめた。
すべてを書き終えると、可奈が満足した様子でピースサインを送った。
燈馬はそれを見て真っ赤になる。
安堵のような恥ずかしさのようなえもいえない気持ちになり、くたりと窓辺に座り込む。
感情の整理がつかずに放心状態になってしまったが、しばらくすると気持ちも落ち着き、はっと頭が醒める。
もう一度、校庭を見る。
可奈は、笑っている。
体がくっくっと思わず震え、こちらも笑いが込み上げてくる。
笑うしかない。
さすが、水原さんだ。
こんな突拍子もない告白、誰も思い付かない。
Q.E.D.
やっとわかったよ。
宿題提出完了!!
水原さん、僕も解りました。
人を『好き』になるっていうことは、その相手の言葉や行動で一喜一憂してしまう。
その力は絶大的で、どんなに理由が解っていても、逃れることが出来ない。
自分の中にも、こんなに重い感情があったなんて、知りませんでした。
相手が、自分のことを好きでいて欲しい。
好きでいてくれるのは、嬉しい。
そう思うのが、自然なことだったのに。
全然、気が付いてませんでした。
可奈は伝わったのが嬉しいのか、ぶんぶん手を振っていた。
しかし、伝わった、と言うことで我に返ったのか、急に手を止め、そそくさと足元の文字を消し始めた。
ああ、切り取って残しておきたかったのに。
燈馬はそう思ったが、あっというまに地面の色が濃い土色に変わっていく。
完全に消えたことを確認した可奈は、はにかみながら叫んだ。
「燈馬君、じゃあ、また明日ね!」
言うが早いか。 可奈は燈馬の返事も待たず、くるりときびすを返し、走り出す。
また、明日。
明日からは、もっと素直に、燈馬君の気持ちを受け取れる、私に。
もっと素直に、燈馬君を好きって言える私に。
……なれればいいなぁ。
とりあえず、今日は。
まだ、恥ずかしいから。
可奈は、後ろも振り返らずに、走って逃げた。
受け取った『宿題』を、消すにはもったいなくて、燈馬はしばらく見つめる。
自分と可奈の間に書かれている文字が、まるで記号で繋がっているように見えた。
この構造式の解は。
サラサラと黒板に展開し、答えを出す。
Q.E.D.
明日、可奈と答え合わせをしよう。
そう心に決めると、書いてあること全てを消した。
名前も、構造式も、解も、なにもかもを。
また明日。
黒板に残った粉をはたくと、そのまま燈馬は帰路に着いた。
にげられない
『ピンチな状況で5つのお題』
提供屋様 http://teikyoya.web.fc2.com/
化学変化とその構造式 おしまい。
あとがきというかいいわけというかネタバレ的な何か。
化学反応=可奈ちゃんの中の疑惑とか確信とか、可奈ちゃんの内面の変化
構成式=私は燈馬君が好きだ~という、図式。あるいは、それを記述したもの
記号式なんて存在しねぇ!
というわけで題名ちょこっと変えました。
構造式って化学の授業でやる、分子と分子の間に線が引っ張ってある、あれです。
うちの高校では化学は一年でやったんだけど、他の学校でも二年生ではやらない?
私立とかどうなのかしら。うむむ。
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