あかねいろ。

　「にじうごてん……」
まぁ、受けてた時からいやな予感はしていたのだが、実際答案を受け取ってみるとやはりショックだったりする。
期末テストを間際に控えたこの時期の小テストで点数を取れないようでは、本番の出来なんて恐ろしくて想像も出来ない。

　「水原～、あとでお前職員室来い」
とか言われるとホント、情けない気持ちでいっぱいになる。

　「水原さん、そんなに悪かったんですか？」
燈馬が手元を覗き込もうとするのをくしゃ、と丸めて引き出しに突っ込む。
正直、バツが悪かった。
目の前の人物は、昨日一日使って勉強を見てくれたというのに。
……ゴメン、燈馬君。
声には出せずに、心で謝る。


職員室に呼ばれた可奈は、小言を聞いた後、雑用までさせられた。
ビーカーにフラスコに試験管……中には薬品が入ったままで、結構重量がある。
普通の女子なら、一人で持っていくなんて自殺行為だが、可奈の力量を知っている先生は躊躇せずに彼女の手に乗せた。
次の授業まであと5分くらいだが、それまでに目的の教室に運ばなくてはいけない。
流石にバランスをとるのが難しく、ふらり、ふらりと職員室を後にした。

　「……重いだけなら簡単なんだけど……っ」
階段を上るたびに、試験管の中のピンクの液体が激しく波を打つ。
バランスをとりつつ足を進めるのだが、足元が全く見えないので、何回に一回かは大きく揺れる。
階段を上り下りする他の生徒は、気にしてくれてわざと大きめに避けてくれる人も何人かいたが、大抵は気にせず脇をどかどか歩く。
激しい足音にあわせてかちゃかちゃ器具がおしゃべりを始めると、肝が冷え、可奈はぞっとする。　

　……これは、バツゲームとしたって難しすぎるんじゃないかい。

　いくら運動神経抜群の可奈でも、こう人が多くては失敗してしまう可能性も有る。
そうこうしているうちに休み時間も残りわずかとなり、廊下のざわつきも落ち着いてきた。
若干上りやすくなり、ほっとしながら残り少ない階段に足を進める可奈の横を、突然、男子生徒が通り抜けた。
彼の肘が引っかかり、重量感のあるトレーが跳ねる。
可奈は大きくバランスを崩し、ヤバイ、もうだめだ、と目を瞑った。

　「大丈夫ですか？水原さん」
後ろから、緊張感のない声がする。
「……燈馬君？」
「はい」

　傾いたかと思った体は燈馬の腕に支えられ、手から離れたトレーの一辺はしっかり彼の手の中に納まっていた。
ふー、と思わず息がこぼれる。
「サンキュー、助かったよ」
「手が足りないならいつもどおり声をかけてくればいいのに」

……ん？
なにか引っかかる気がして、燈馬に聞いてみた。
「もしかして、ずっと後ろにいた？」
「職員室の外で待ってたんですけど気が付いてなかったので……」
燈馬の声も聞こえないほど意気消沈してたのか、柄にも無く。
そう思うと、なんだか可笑しくなってくる。

　目的の教室の教卓に実験道具をおくと、二人は教室への帰路に付いた。
可奈の苦笑いの表情を見つめ、燈馬は思わず訊いた。
「それはそうと、さっきのテスト。どこが難しかったんですか？」
「化学式とか、塩基とか、もー、何がなんだか。……教わっても暗記モノはツライね」
もしかしたら、職員室でのやり取りは聞こえていたのかもしれない。
そうでなくても、まぁ、テストが返ってきたときの反応を見れば一目瞭然か。
「……せっかく燈馬君に昨日付き合ってもらったのに」
「まぁ、一緒に勉強しててもほとんど寝てますからね」
めずらしくこちらが申し訳なく声をかけてるのに、気にせずにずけずけ言ってくるかコイツは。
「毎回毎回、寝顔ばっかり見せてて申し訳ありませんね！」
可奈は言い返す言葉が見つからなくて、結局開き直るしかできない。
「そうですね、毎回毎回楽しませてもらってますよ」

　……毎回毎回楽しませてもらってる？
それってどういう意味だ？

チャイムが鳴り、可奈の手を取り燈馬が走り出した。
「水原さん、授業始まっちゃいますよ。急がなきゃ」

　待って待って。
今、かなりこっぱずかしいことを言わなかったか？

　「今日も一緒に勉強しますよね？」
燈馬に振り向きざまそう問われて。

　「……うん。」
いろいろ考えるとそう答えるしか出来ない。
可奈は自分をちょっとばかり呪った。

 


赤点の答案用紙
『ピンチな状況で5つのお題』

提供屋様 　http://teikyoya.web.fc2.com/