ジューンブライド④
おーわーらーなーいー(泣)
もうちょっとお付き合い下さいっ
約束の日、当日。
手土産と共に現れた香坂にお茶を出し、世間話もそこそこに。
あっけらかんと笑う姿は昔とちっとも変わらない。
お互いに忙しくなってなかなか会えなくて数年だけど、なんだか、時間が巻き戻ったような気がした。
香坂もそう思ったのだろうか。
どうとでもない話を急に止めて、単刀直入に、疑問に思っていたことを訊いてきた。
「あんたと燈馬君さ……結婚して、もう一年になるよね?」
「……うん」
どう答えようかはシミュレートはしたけれど。やはり返事のかわりにドキリと私の心臓が大きく跳ねた。
「なんでまだ別々に住んでるの?……いやまぁ、どこで、とも聞かずにナチュラルにあんたんちに遊びに来る私も私だけどさぁ。当然、もう一緒に住んでて新婚っぷりに当てられるかなぁと思ってたんだけど」
「燈馬君の仕事は燈馬君ちでやった方が効率的だし私の会社はこっちのが近いし」
淀みなく答える私にさすがの香坂も言葉に詰まったようで、出されたお茶の入ったカップの熱を手に移すようにしながら、一生懸命言葉を選んでいるようだった。
「……一緒にいる時間短くない?」
「仕事帰りとか休みの日に遊びに行ってるから大丈夫だよ。元々家事とか手伝ってたし」
「……指輪とか、そういえばしてないよね?」
「あぁ、用意してないよ」
にこにこ頷く私の様子に、香坂は怪訝な顔をした。
そりゃあそうだろう。明らかに、夫婦生活をしてないんだから。
顔を見て冷やかしてやろうと思ってたらしいから、出鼻を挫いた感じなのだろう。
香坂はここまで聞いてから、眉間にしわを寄せてポリポリと頭を掻いた。
「……ツッコミどころがありすぎて訊きづらいんだけどさ……もう一つだけ。未だに苗字呼びしてるのは、アレ? 今更名前で呼べないとかそういうの? できればそうであって欲しいんだけど」
「んーん、別姓で通してるからさ、私が『燈馬』を名乗ってないだけ」
別姓に出来るのが一番だったけど、残念ながら今の日本の法律ではそれが出来ない。だから普通に籍は入れて、その上で私がまだ『水原』を名乗っている。
だから燈馬君の呼称が『燈馬君』で、私が『水原さん』でも間違いじゃない。いずれ何かあった時はスムーズに行くし、何より、本人たちがそれで定着しちゃってるのだから直す必要性を感じなかったのだ。
香坂は、本当に、本っ当に心底呆れたような、大きなため息を吐いて首を振る。
振って残りのお茶を一気に呷ると、射抜くように、改めて睨まれた。
「それさ、……あんた、本当に結婚したことになると思ってんの?」
「…………う」
正論すぎて、言葉が見つからない。
「……変わらなすぎじゃない? 未だに苗字呼びとかしんじらんないわ」
「そこはホラ、本人たちが納得済みだから……」
「本当にそうなの? こんなんじゃロクにイチャイチャしたりできないだろ? 時間的に」
「いやー……むしろ、ただ書類上で夫婦なだけで、関係としては全く変わってないよ? たまーに手を繋いだりするくらいしかない清い関係……」
「は?」
ぽろりと零れた真実に、香坂の眉はさらに上がった。
「ワケわかんない! そんなんじゃ浮気されてもおかしくないじゃん! 子供の恋愛じゃないんだからさ、てかイマドキ中学生だってもっと進んでるわ!!! 結婚した意味あんの?」
忘れてた訳じゃ無いけれど、香坂は社会に出てから。それなりに恋愛経験を今までに積んできていた。
惚気なり愚痴なり恨み言なりそりゃーまぁ一通り聞いては来た。自分の経験ひけらかしながら何度冷やかされたことか。……認めたくはないけれど、香坂のが恋愛経験が豊富だ。
その彼女が激怒する状態、というのは、……まぁ、解ってたよ。解ってたさ。
でもさ。
「いいんだよコレで!」
凄い剣幕で距離を詰めた香坂を、とりあえずまた座らせる。
「私もだけどさ、燈馬君もそういう欲みたいのあんまり無いっぽいし、それになんかもう、今更じゃん? そりゃ、高校生の頃だったらまた違ったかもだけどさ、今はもう、なんて言うの? 家族みたいに見ててさ」
私は、つい先日のパーティについてった辺りからの話を、自分の気持ちを織り交ぜながら香坂に話した。
燈馬君とずっと同じ感じで付き合っていきたいこととか、迷惑になりたくないこととか、全部。
言ってて、秘密にしていたのが苦しくなったってだけじゃないなぁ、とほんの少し思った。
言ってもまだ、私の胸のチクチクした物が溶けていかないから。本音で語ってるはずなのに。
香坂は変な茶々を入れずに、真剣な顔で私の話を聞いてくれている。
思えば、香坂にからかわれたりはしたけれど、恋愛相談的な話はしたことが無かった。
やってコイバナ的な何かくらい。でもその頃は、燈馬君とはそんなんじゃないって、私は否定し続けていた。
「香坂には黙ってたけど……こんな感じでさ、結婚って言っても、打算的な感じでね……いや嫌々ではないんだけどさ、むしろ私ノリノリだったし」
……今の話は、どうだろう?
喋っていて訳がわからなくなってくる。
「だからさ、燈馬君や私が、もしイヤだなって思ったら止められるようにって思ってて。だからあえて今まで通りの関係を貫いてた所があってさ」
「いいの?それで?」
香坂が、真剣な目で問うてくる。
今も昔も、私は香坂に、『燈馬君とはそういう仲じゃない』っていうのを、力いっぱい語ってやしないだろうか。
それが解るから、香坂は訊いているんじゃないだろうか。
「可奈はさ、イヤなの? 燈馬君とそういう、友達以上の関係になるの」
問われても、いい答えが見つからない。
「ん…………、私は、考えたことがないって感じ……だと思う」
燈馬君と一線を越えたらどうなるのかなんて、想像もしてなかった。
・・・・・・・・・
想像したくなかった。
だってそんなことしたら、
・・・・・・・・・・・・・・
もうこの関係が終わってしまう。
あれ? と、私は思った。
私は、何のためにこんなことを言い出したんだっけ。
燈馬君とずっと一緒に居たくて。
でも、今のままだと色々面倒くさくて。
だから、ただ単純に。
「燈馬君も同じじゃないのかなぁ? だって、想像も、つかないし……」
「それさ、一回ちゃんと訊いてみな? それは『可奈』の考えだろ?」
動揺をして思わず逃げようとしている私を見透かしているかのように、香坂は真っ直ぐに、私を見たまま、静かに言った。
だって。
それは。
燈馬君もそれでいいって。
でも……香坂の言うとおり、確かめたわけじゃなくて。
肯定されるのも、否定されるのも、どちらも怖くて。
今の距離感が変わるなら、もう、私はどうしたらいいのか解らない。
私が望むのであれば、燈馬君はずっと、距離感を変えることはしないだろう。
それが、燈馬君の本心でないにしても。
……そんなの、私は望んじゃいないのに。
おかしい。
今まで通してきた全てが歪んで、破綻してる。
それでも、幸せで、幸せで。
いつも通りの、変わらない日常で。
「私はさ」
黙り込んで握りしめた手を睨むだけになった私に、香坂は何てことのないような軽い声で、明るく言い放った。
「少なくとも、言い出しっぺの可奈は考えた事はなくても、燈馬君に対して独占欲みたいなのはあると思うよ……まぁ、燈馬君もそういう気持ちがあるからこんなバカな話にのったんだろうけどね」
高校時代と同じように、屈託のない笑顔でそう言い、手をぱん、と叩いた。
話はとりあえずここで休憩、といったばかりに。
彼女は持ってきた土産に手をかけて、どっちがいい? と私に訊いてきた。
中にはイチゴのショートとチーズケーキが一切れずつ。
まさか、香坂に空気を読まれる日が来るとは思わなかった。
と、私は沈んだ心を浮上させながら、イチゴの乗った方を指さした。
もうちょっとお付き合い下さいっ
約束の日、当日。
手土産と共に現れた香坂にお茶を出し、世間話もそこそこに。
あっけらかんと笑う姿は昔とちっとも変わらない。
お互いに忙しくなってなかなか会えなくて数年だけど、なんだか、時間が巻き戻ったような気がした。
香坂もそう思ったのだろうか。
どうとでもない話を急に止めて、単刀直入に、疑問に思っていたことを訊いてきた。
「あんたと燈馬君さ……結婚して、もう一年になるよね?」
「……うん」
どう答えようかはシミュレートはしたけれど。やはり返事のかわりにドキリと私の心臓が大きく跳ねた。
「なんでまだ別々に住んでるの?……いやまぁ、どこで、とも聞かずにナチュラルにあんたんちに遊びに来る私も私だけどさぁ。当然、もう一緒に住んでて新婚っぷりに当てられるかなぁと思ってたんだけど」
「燈馬君の仕事は燈馬君ちでやった方が効率的だし私の会社はこっちのが近いし」
淀みなく答える私にさすがの香坂も言葉に詰まったようで、出されたお茶の入ったカップの熱を手に移すようにしながら、一生懸命言葉を選んでいるようだった。
「……一緒にいる時間短くない?」
「仕事帰りとか休みの日に遊びに行ってるから大丈夫だよ。元々家事とか手伝ってたし」
「……指輪とか、そういえばしてないよね?」
「あぁ、用意してないよ」
にこにこ頷く私の様子に、香坂は怪訝な顔をした。
そりゃあそうだろう。明らかに、夫婦生活をしてないんだから。
顔を見て冷やかしてやろうと思ってたらしいから、出鼻を挫いた感じなのだろう。
香坂はここまで聞いてから、眉間にしわを寄せてポリポリと頭を掻いた。
「……ツッコミどころがありすぎて訊きづらいんだけどさ……もう一つだけ。未だに苗字呼びしてるのは、アレ? 今更名前で呼べないとかそういうの? できればそうであって欲しいんだけど」
「んーん、別姓で通してるからさ、私が『燈馬』を名乗ってないだけ」
別姓に出来るのが一番だったけど、残念ながら今の日本の法律ではそれが出来ない。だから普通に籍は入れて、その上で私がまだ『水原』を名乗っている。
だから燈馬君の呼称が『燈馬君』で、私が『水原さん』でも間違いじゃない。いずれ何かあった時はスムーズに行くし、何より、本人たちがそれで定着しちゃってるのだから直す必要性を感じなかったのだ。
香坂は、本当に、本っ当に心底呆れたような、大きなため息を吐いて首を振る。
振って残りのお茶を一気に呷ると、射抜くように、改めて睨まれた。
「それさ、……あんた、本当に結婚したことになると思ってんの?」
「…………う」
正論すぎて、言葉が見つからない。
「……変わらなすぎじゃない? 未だに苗字呼びとかしんじらんないわ」
「そこはホラ、本人たちが納得済みだから……」
「本当にそうなの? こんなんじゃロクにイチャイチャしたりできないだろ? 時間的に」
「いやー……むしろ、ただ書類上で夫婦なだけで、関係としては全く変わってないよ? たまーに手を繋いだりするくらいしかない清い関係……」
「は?」
ぽろりと零れた真実に、香坂の眉はさらに上がった。
「ワケわかんない! そんなんじゃ浮気されてもおかしくないじゃん! 子供の恋愛じゃないんだからさ、てかイマドキ中学生だってもっと進んでるわ!!! 結婚した意味あんの?」
忘れてた訳じゃ無いけれど、香坂は社会に出てから。それなりに恋愛経験を今までに積んできていた。
惚気なり愚痴なり恨み言なりそりゃーまぁ一通り聞いては来た。自分の経験ひけらかしながら何度冷やかされたことか。……認めたくはないけれど、香坂のが恋愛経験が豊富だ。
その彼女が激怒する状態、というのは、……まぁ、解ってたよ。解ってたさ。
でもさ。
「いいんだよコレで!」
凄い剣幕で距離を詰めた香坂を、とりあえずまた座らせる。
「私もだけどさ、燈馬君もそういう欲みたいのあんまり無いっぽいし、それになんかもう、今更じゃん? そりゃ、高校生の頃だったらまた違ったかもだけどさ、今はもう、なんて言うの? 家族みたいに見ててさ」
私は、つい先日のパーティについてった辺りからの話を、自分の気持ちを織り交ぜながら香坂に話した。
燈馬君とずっと同じ感じで付き合っていきたいこととか、迷惑になりたくないこととか、全部。
言ってて、秘密にしていたのが苦しくなったってだけじゃないなぁ、とほんの少し思った。
言ってもまだ、私の胸のチクチクした物が溶けていかないから。本音で語ってるはずなのに。
香坂は変な茶々を入れずに、真剣な顔で私の話を聞いてくれている。
思えば、香坂にからかわれたりはしたけれど、恋愛相談的な話はしたことが無かった。
やってコイバナ的な何かくらい。でもその頃は、燈馬君とはそんなんじゃないって、私は否定し続けていた。
「香坂には黙ってたけど……こんな感じでさ、結婚って言っても、打算的な感じでね……いや嫌々ではないんだけどさ、むしろ私ノリノリだったし」
……今の話は、どうだろう?
喋っていて訳がわからなくなってくる。
「だからさ、燈馬君や私が、もしイヤだなって思ったら止められるようにって思ってて。だからあえて今まで通りの関係を貫いてた所があってさ」
「いいの?それで?」
香坂が、真剣な目で問うてくる。
今も昔も、私は香坂に、『燈馬君とはそういう仲じゃない』っていうのを、力いっぱい語ってやしないだろうか。
それが解るから、香坂は訊いているんじゃないだろうか。
「可奈はさ、イヤなの? 燈馬君とそういう、友達以上の関係になるの」
問われても、いい答えが見つからない。
「ん…………、私は、考えたことがないって感じ……だと思う」
燈馬君と一線を越えたらどうなるのかなんて、想像もしてなかった。
・・・・・・・・・
想像したくなかった。
だってそんなことしたら、
・・・・・・・・・・・・・・
もうこの関係が終わってしまう。
あれ? と、私は思った。
私は、何のためにこんなことを言い出したんだっけ。
燈馬君とずっと一緒に居たくて。
でも、今のままだと色々面倒くさくて。
だから、ただ単純に。
「燈馬君も同じじゃないのかなぁ? だって、想像も、つかないし……」
「それさ、一回ちゃんと訊いてみな? それは『可奈』の考えだろ?」
動揺をして思わず逃げようとしている私を見透かしているかのように、香坂は真っ直ぐに、私を見たまま、静かに言った。
だって。
それは。
燈馬君もそれでいいって。
でも……香坂の言うとおり、確かめたわけじゃなくて。
肯定されるのも、否定されるのも、どちらも怖くて。
今の距離感が変わるなら、もう、私はどうしたらいいのか解らない。
私が望むのであれば、燈馬君はずっと、距離感を変えることはしないだろう。
それが、燈馬君の本心でないにしても。
……そんなの、私は望んじゃいないのに。
おかしい。
今まで通してきた全てが歪んで、破綻してる。
それでも、幸せで、幸せで。
いつも通りの、変わらない日常で。
「私はさ」
黙り込んで握りしめた手を睨むだけになった私に、香坂は何てことのないような軽い声で、明るく言い放った。
「少なくとも、言い出しっぺの可奈は考えた事はなくても、燈馬君に対して独占欲みたいなのはあると思うよ……まぁ、燈馬君もそういう気持ちがあるからこんなバカな話にのったんだろうけどね」
高校時代と同じように、屈託のない笑顔でそう言い、手をぱん、と叩いた。
話はとりあえずここで休憩、といったばかりに。
彼女は持ってきた土産に手をかけて、どっちがいい? と私に訊いてきた。
中にはイチゴのショートとチーズケーキが一切れずつ。
まさか、香坂に空気を読まれる日が来るとは思わなかった。
と、私は沈んだ心を浮上させながら、イチゴの乗った方を指さした。
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