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ジューンブライド⑤

おわんない……おわんないですー(泣
あと1シーンでまとめようと思いますっ!!!
もうちょっとお付き合い下さいませっ!!!!!

どうでもいいことなんですが、コミケで立樹ちゃんのコスプレをして売り子をすることになりました……
産後太りマジハンパねぇので丸い立樹ちゃんもどきっぽいものになりますが怖い物見たさでお立ち寄りいただければなぁと思います……(爆
一ヶ月であと3キロは落としたい……(先月から2キロは落とした)



「香坂さんと沢山お話しできましたか?」
 入り口から少し離れた本の山の中から、声がする。
 ごそごそと音がして、そこからひょこりと燈馬君の頭が覗いた。
 チャイムを鳴らしても呼びかけても返事が無いから寝てるか瞑想してるかと思ったのに、どうやら私が見つける前に燈馬君が私を見つけたみたいだ。
「うん。それなりにねー」
 声の方に手を振りながら振り返ると、嬉しそうに笑いながら立ち上がる、燈馬君。
 あんまりにも無邪気に、嬉しそうに笑うから、私は何故か胸がどきどきと高鳴った。

 ……そういえば特に気にしたことがなかった。燈馬君の、こういう表情の理由を。



 以前から仕事をして立て込んだりしてない限りは、燈馬君は普通に迎え入れてくれて。私もずかずかと上がり込んで勝手に過ごしたりだとかご飯作ったり身の回りの世話を焼いたりして。
 私も面倒なことを押しつけたりしてたからお互い様だよなぁって思ってたし、別段、特別なことだと思ってなかった。特別なものじゃないから、その好意に付随する感情は、当然それに準ずる物。

 燈馬君の中では、私の行動とか私そのものは、どういう位置に付けているのだろう?

 

「香坂の話とは全然違うんだけどさ、実は相談したい事があって」
 作業をしながらでいいよと身振りで合図すると、燈馬君は頷いて、また本の山へと潜っていく。私は買ってきた食料品を、とりあえずテーブルに置いて一息着く。ビニール袋の中に入ってるオレンジがひとつ、袋の中のまま、下にごろりと転がった。普段よりも多い目に買った荷物は、後で二人で運べば大丈夫だろう。
「前に言ってたヤツですか?」
「そうそう、そろそろ弁えなさいって言われた件」
 一緒に暮らすかどうか、という話。
 それが嫌だから、今の関係を終わらせる、という気はお互いに全く無い……はず。
 ずっと避けてたツケがとうとう廻ってきたってだけで燈馬君とちょくちょくそういう話はしていたから、実際にどうするかを話し合ってすりあわせをすれば問題はないと思う。


──いずれは誤魔化しきれなくて一緒に暮らしたりするかもしれないですから、その時はルームシェアでもしましょうか。以前住んでたところがそのまま残ってますし。もちろん、水原さんの部屋の分は片付けときますから安心して下さい。──
  

 いろいろどうするかを詰めてた時に、さらっと燈馬君はそう言った。
 なんかもう、ホントにこうやって考えてみると、性別のこととかそういうの一般的なモラルとかそういうモノサシで物事を考えるのってホント今更な気がするし、燈馬君も全然気にしてないように感じる。こんなの気にしてる私の方が、おかしいんじゃないかなって気になってくる。

 だけど……
 多分、それじゃあいけないんだ。
 二人の間に、そこまで詳しい言葉はいらなかった。
 それはお互いに尊重しあって思いやって、相手の身になって考えてたからで。
 お互いにお互いの中の相手を想像して、齟齬が生じていなかったから出来たことだった。
 あくまで想像だから、本人の考えではない。本人の事は本人に訊くのが確実。
 今まではそれでやってこれたかもしれないけれど、結局私は、ついぞ今まで「訊く」ことをあまりしないままだった。
 


「燈馬君」
 すぐ近くまで歩み寄って呼びかけると、燈馬君は不思議そうにこちらに顔を向けた。
 燈馬君は、いつもそうだ。屈託のない素直な表情の下に、本心を隠してる。本人ですら、その本心に気づいていないのかもしれない。

 私が一番、多分、燈馬君本人より燈馬君を解ってる。そう、勝手に思い込んでいた自分を叱咤する。
 それは随分と前の話で、現在はもう、そんなことはなくて。……私も燈馬君も歳を取って。
 立場が、考え方が、もう全然違うんだ。

 私は尊重してる風を装って、私の考えを無意識に押しつけているのかもしれない。


 香坂と話してから何遍も何遍も考えたけれど纏まらない私の頭の中。
 問答を繰り返すうちにカラカラになる私の喉。
 俯いたままの私に、燈馬君が怪訝そうに視線を投げながら「なんですか」と言いかけたその口。

 私は、吸い寄せられるように、不意をついてキスをした。
 唇に触れるだけの、キス。
 ……なんでしたのかは判らない。
 切り出すキッカケが思い当たらなかったのもあるし、ただ単に、確かめたかっただけかもしれない。
 燈馬君の気持ちだけじゃなく、私の気持ちも。


 『唇へのキス』は、そういえば初めてだった。
 頬にするようなのは、以前その場のノリというか、他の人が燈馬君にしてるのを見て張り合うようにした事がある。私の方が燈馬君と仲がいいのに、他の人が親しげにするのがなんだか悔しくて。
 初めてした時は、燈馬君は呆気にとられたような顔をしていて、なんだか腹が立って手が出てしまったのは覚えてる。それから後は、燈馬君もふざけたように返す時もあって。
 何度かそういう風にするうちに、それが私たちの間では『普通の挨拶』のようなものになった。日本にいたままじゃ余り機会はないんだろうけど、キスへのハードルが低い分、海外ではよく目にしてた。
 『親愛のキス』であればその場の雰囲気にもよるけれど、してもされても平気なくらいに、私の感覚は麻痺していた。麻痺をしてたというのか、感性がアメリカナイズされたというのか。少なくとも、燈馬君と私の関係は、それくらいには親密なのかと。
 親愛の証としてのキスなら、今みたいな軽く唇が触れるキスとかもアリなのかもしれない。
 でも、勝手な思い込みかもしれないけど、やっぱり唇は特別な気がしてた。
 そこが、ボーダーラインだと思ってた。


 このままでいられるといいと思ってた。
 でも、それは私が勝手に言い出してた事であって。
 私が、このボーダーライン上に立ったら、燈馬君はどうするんだろうか。



 そっと私から離した唇に、再度、燈馬君から息つく間もなく重ねられた。
 胸が鷲掴みにされたように苦しくて、喘ぐような吐息がこぼれる。
 舌で唇をなぞられる熱さに私の肩はびくりと跳ね、驚いて開いた唇から滑り込むように、燈馬君は中に入り込んできた。割り込まれた舌が遠慮なしに私の舌を探り、弄る。ぞわりと胸が、背筋が粟立つような、それでいて甘いような何かが全身を支配していく。
 流されそうになるのが怖くて、逃げようと顔を逸らそうとしても角度を変えて、燈馬君は私の口腔内を攻め立てる。隙間から漏れる私自身の甘い声のせいで、ゾクゾクと意識が感覚に浸食されていく。
 ……こんな感覚、私、知らない。
 初めてだった。いつだって燈馬君は受け身で。私が、私から何かをして、燈馬君が受け止める。そればかりだったのに。だから、こんな、燈馬君から何かをされるなんて。


 気がつくと、私も燈馬君にされていることをたどたどしく仕返していた。
 舌を絡めて、唾液を貪る。
 身体ごと抱きしめても抱きしめても、まだ足りなくて。自分の中に、こんな衝動があったなんて、全然知らなくて。身体の奥底から熱のようなものが滾り、溢れ出していくみたいで。


──ダメ。このまま続けてたら、溺れてしまう。
 私はただの『男』と『女』の関係になりたいなんて思ってなかったハズだ。『燈馬想』と『水原可奈』の、個々で繋がる関係でいたいはずなのに。それなのに──


 胸を占めるなんだか切ないような疼きをなんとか抑えて。私は両腕に力を込めて、燈馬君からなんとか物理的に身を離した。
 あれだけ離れ難かった引力はやってみるとあっけなく失せて、二人の間には腕一つ分の距離が生まれた。
 顔は見上げられなかった。どんな表情をしているのか、怖かった。自分だって、どんな顔してるかわかんないのに。
 肩で息をしながら、私は、押さえてる手に力を込める。
「燈馬君は、この続き…………したい?」
 燈馬君は、衝動的に流されてあんなキスをしたんだろうか。 
 私が、急にキスなんてしてきたから。
 それとも、元からそういう気持ちがあったんだろうか。
「本能としてじゃなくてね、精神的な話だけどさ。私と、……そういう関係になりたいなぁ、なんて、思ったりする?」
 怖くて。出来るなら聞きたくなくて。なるべくいつも通りに喋っているつもりだったけれど、声が不自然に震てしまって泣きたくなる。
 本当に。本当に私は。一方的に私ばかりが尊重されることを善しと思わなくて。燈馬君が望むんであれば、そういう形にしたくて。

「水原さんはどうなんですか? 僕と、そういう関係になりたいと思いましたか?」
 静かな声が、頭上から降ってくる。
 感情の起伏は感じられなくて、どんな顔で、どんな意図で発した言葉なのか読み取れなかった。
 私はそれを聞いて、変に意識しちゃってる自分が急に恥ずかしくなった。
「わ、私は……このままでいいかなぁって思ってるんだ。もうホラ、今更男女の関係とかさ、おかしいじゃない?燈馬君と私はさ、もうそれ以上っていうの?ソウルメイト?みたいな。だからね、」
 反射的に、ごまかす為に、わざとらしい明るい声でまとまりのない発言をする。
 もしかしたら、あのキスでさえ、燈馬君にとっては大したことじゃないのかもしれない。だとしたら、私はなんてイタいことをしたんだろう。
 私の内心は、パニックを起こしていた。

「それでいいんじゃないですか?」
 なんてことのない風に、燈馬君は言い放った。
 わたわたと大焦りで言葉を羅列していた私は、その言葉でぴたりと止まる。
 そろりと上を見上げると、うっすら微笑んだ表情で、燈馬君は私を見下ろしていた。
 ……全然、燈馬君の気持ちが読み取れない。そんな、胡散臭い笑顔。
 私の表情に思ってることが出てたのか、燈馬君は咳払いを一つ付いて、真っ直ぐに私の目を見ながら、言葉を続けた。
「そういう行為を伴うにせよ伴わないにせよ、人と人の結びつきや絆の強さなんてそれぞれですから。それは水原さんは今まで地でやってきてますし」
 『そんなん無くても、自分達の関係は変わらず強固だよ』と言ってるようにとれる。実際そうだろうし、これまでもそうだった。
 でも、それは結果であって過程や前提条件がない。そこには、客観的な事実しか反映されてないんだから。主観は完全に置いてけぼりだ。
「……燈馬君はどう思ってんの?」
  私は感情や気持ちは出してる方だ。だから燈馬君の主張には、私の気持ちは多少入っているはず。
 でも、実際はちょっとどころではなくて。
「水原さんの望むままで構いません」
 全てを、燈馬君は私に委ねてしまっていた。


「…………そうじゃ、ないだろ!」
 勝手に、言葉が口から出てくる。
 そうじゃない。そうじゃないんだ。
「私は、燈馬君の気持ちを聞きたいんだよ!」
 自分の考えは置いておいて円滑に行く道を選ぶ。確かにそうすればカドは立たないし不快に思わせることもないだろう。
 だけど、そういうことではないだろう。
「燈馬君は、私の事どう思ってんのさ? どうしたいんだよ? したいの? したくないの?」
 燈馬君の発言には燈馬君の主観がない。こうしたいからこうなった、そういう、自分の感情からの動きがない。
 ……いつから?
 いつから燈馬君は、私に対して譲ってばかりになっていたんだろう?
 そして私は、いつからそれが不自然じゃないと思い込んでいたんだろう?
「……水原さんこそ、何がしたいんですか?」
 ぼそりと、燈馬君が呟いた。
 『何がしたい』と問われても、なんのことやら心当たりがない。首を傾げる私の肩に、燈馬君は手を掛け、顔を覗き込む。表情は変わらないのに、目だけは泣きそうに濡れていた。喉も胸もぎゅっと締め付けられるように詰まった感じになって、私は何の言葉も発することが出来なかった。呼吸でさえ、ままならない。

「……突然結婚しようと言い出したり。でも、関係は今まで通りを望んでいたり。……僕はそれでもいいと思ってた。水原さんと居られるなら、それで。触れたり抱きしめたりするのは許されているから、それだけでも構わないと。そう思ってました」
 髪を撫でようと翳された手にぎくりとする。
 壊れ物を扱うように、燈馬君はいつも私に触れるときは優しかった。意識してなかった時はそんなに気にしていなかったのに、いざ意識をしたら、身体は大げさに反応する。
 怖いと思ったわけではないのに。ただ、私のことを女性として扱われているという事に驚いてるだけなのに。勘違いさせたような気になって罪悪感が胸一杯に広がった。

 そんな様子を燈馬君が察して、そっと手を戻す。
 誤解したまま、燈馬君は悲しげに首を振った。
「僕はもう、水原さんが解りません。僕に何を望んでるんですか?」


 私の事なんて気にしなくていい。
 私は、燈馬君と今までみたいに楽しくやっていければいい。
 燈馬君がもし違う考えなら、どうすればいいかを一緒に考えたい。
 甘えてた分、私が、燈馬君に返していきたい。

 詰まったままの私の喉は、上手く声が発せられなくて言葉にならない。
 言いたいのに。本当に燈馬君が大好きで、燈馬君のためだったら何でも出来るって。今まで私にしてきてくれたみたいに、私だって燈馬君に合わせられるって。ただ、考えることから逃げてただけだって。


「こんなの…………もう、ムリですよ……」
 伝えられないままの私の様子を見て、燈馬君はさらに諦めたみたいだった。
 身体を離して、くるりと私に背を向ける。自嘲めいた笑い声がクスリと上がって、天井なのか三階の窓なのか解らない、虚空を見つめて目を細めた。
「お互いに抱える気持ちの重さが違うんです。どちらかが我慢しなければいけない。妥協しなければならない。それならより関係が円滑にいく方を選ぶ。そんなの、当たり前じゃないですか」
 胸が痛いのに。追いすがって抱きしめられたらきっと誤解は解けるのに。私は一歩も動けなくて、声も出せない。
 その場に縫い付けられたように、燈馬君の背を見つめている。 
「僕は、水原さんが好きです。人として、女性として、全て。だから、たとえ便宜上でも僕だけのものになってくれるんなら、それでいいと思ったから、……結婚したんです」

 腕を伸ばせば届く距離だったのが、二、三歩歩かなければ触れることも出来ないくらいに、僅かに背中が離れる。
 一歩、なんとか踏み出すと、燈馬君がちらっとこちらに視線を投げた。
 今言わなければ、と私は身構えたけれど、燈馬君は、それより早くに口を開いた。
「さっきのキスが、全てです。それ以上でも、それ以下でもありません。……僕の答えは、昔から変わってません……」
 先程の、私の投げた問い。


 『水原さんの言うとおりです』
 
 あぁ、そうだ。
 昔から、燈馬君は私に次第なんだと言っていたんだ。
 解ってないのは、私だったんだ。
 私が認めたら、それでよかったんだ。


 
「僕は、あなたの何ですか? ただの友達なら、そのまま、僕のことを放っておけばいいんだ。なのに……」
 燈馬君の口から零れた本音が、私の胸を深々と抉った。
 今更だとかソウルメイトだとかそんな建前ばっかり言って、焦らして、傷つけて。その上まだ負担をかけようとしてるのかもしれない。そんなつもりはなかったのに。
 自分のしでかしてきた事を思い出してふるりと身震いをすると、燈馬君ははっとした表情を浮かべて、また首を振った。
 自分の発言で、私を傷つけたと思ったのかもしれない。 
 私が散々傷つけたんだから、そんなの、気にしなくて良いのに。私の自業自得なのに。


「…………頭を冷やしてきます」

 駆けだした背中を、私は追いかけられなかった。
 なんて声をかければいいのか思いつかなくて。自分の気持ちの整理もつかなくて。
 ただただ、その場に、立ち尽くしてしまった。
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