零れ落ちる夕映えの、④
亀の歩みながら進めてます。。。
。。。終われ。。。終われ。。。
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① / ② / ③
また、盗撮が始まった、らしい。
らしいと言うのは、私は現在の所全く関わらせて貰えないからだ。
燈馬君の勉強会も開かれず、行き帰りの香坂や梅宮の付き添いのための迎えの時間も遅くなった。
休み時間の度に誰かしら私の顔を見に来るし、先生もほぼ私につきっきりになっている。
私に事件と関わらせない。私をなるべく一人にしない布陣。
理屈は解るんだ。私は犯人に階段から付き落とされて怪我をした。事故なのか殺意があったのか解らない。私は今は思い出せなくても犯人の顔を見た記憶を持っている。もし最初から殺意を持って付き落としていたのなら、今度こそ殺されてしまうかもしれない。
でもさ、でも。
私も、役に立ちたいって思うのは、自然な事だと思うんだ。
ばたばたと放課後に走り回るみんなの姿を、私は保健室で見ていることしかできないっていうのはホント歯がゆくてさ。
高2の「私」ならばとどうしても考えちゃう。
彼女なら、率先して走り回って解決の糸口を見つけてくるはずなんだ。フットワーク軽く、持ち前の度胸で突撃かまして。
それなのに、私はこんな風に守られて仲間外れにされて。危険な目に遭わないように、一人きりにならないように見張られて。
「本当に……お姫様みたい」
私は、誰に聞かせるでもなく、以前、保健の先生に言われた事を思い出してぽつりとつぶやいた。
私は、みんなのお荷物でしかないんじゃないだろうか?
記憶がないくせに、役に立てないくせに、いっちょまえに狙われている(かもしれない)。
同じ刺激を受けたら、失った記憶が戻るかもしれない。
昔どこかでそういうマンガを読んだ記憶があった。
きっと病院の先生に言ったら馬鹿馬鹿しいって笑われるんだろうな、と、そういうことを考える余裕はあった。
保健室通いで常に気を配られている私でも、お手洗いとか息抜きとかでちょろっと席を外すのは可能だった。
先生にちょっとトイレ、と言って保健室を出ると、私は反対方向の階段へ向かい、上っていった。
がちゃり、と屋上の扉のドアノブを回すと、冷たい外気が隙間から零れる。
そのまま構わずにドアを引くと、重たそうな雲の隙間から赤い日の光が帯のようにいくつもいくつも降りる空が見えた。
足を外に踏み出すと、体が寒さできゅっと引き締まる。
そのまま屋上の端まで進んで非常階段の柵をひょい、と越えると、徐々に赤く染まっていく町並みが見えた。
高2の私が最後に見た景色は、この風景なんだろうか?
見ても思い出せないことに、また少しばかり絶望して息を大きく吐いてみる。
白く染まった空気は、ちょっとだけ頬にぬくもりをこすりつけて消えていった。
私は非常階段を背にして空を見る。
すでに明るさは失われて、夜の闇に近い、濃紺に変わりつつある空。
……あ、燈馬君の目の色だ、と私は思った。
いつも落ち着き払っていて、不安定な私を安心させてくれる不思議な瞳。
絶対今の私には手に入らない、遠い遠いまなざし。
今の空と一緒だ。どんなに手を伸ばしても遠くて。
思いながら腕を伸ばしきろうとした瞬間、ぐらりと身体が傾いて、そのまま全身が重力に飲まれる。力を抜けば、そのまま落ちる。
慣性の法則だっけ? 重い胴体が倒れ込んでも、手は同じ速度では落ちなくて、空に向かうように軌道を描く。
届かない空に、体が勝手に手を向ける。
諦めてるのに、なんて滑稽。
悔しくて、苦しくて、私は逃げるように目を閉じた。そして、間髪入れずに大きな衝撃がくる、はずだった。
左の手首が、すごく痛い。
そろそろと目を開けると、険しい表情の燈馬君が、私の手を取っていた。
バランスを失った私を繋ぎ止めるように、片方を手すりに捕まりながら精一杯手を伸ばした体勢で。
「……危ないよ」
私はなるべく緊張感のない声で、そう言う。
「燈馬君が怪我したらどうすんだよ。私は落ちたって自業自得だしさ」
「……」
燈馬君は無言のまま、私に体勢を直せ、と頭だけで指図をする。
仕方なしに身体を真っ直ぐに戻してもう一度燈馬君を見直すと、険しいなんてどころの騒ぎじゃない、明らかに怒っている状態で彼は息を整えていた。
「……何考えてるんですか!」
「事故だよ事故。……バランス崩しただけじゃん」
「わざと階段に背中を向けましたよね? わざと、背中から落ちようとしましたよね? そんな嘘バレバレなんですよ! また頭打ったら……」
「頭打ったら、思い出すかもしれないでしょ?」
凄い剣幕の燈馬君を尻目に、私は一生懸命軽く聞こえるように取り繕う。
心配してくれて凄く嬉しい。だけどそれは、「私」だからであって、私自身だったらどうだろうか。
確信を得たくない。
けれどこのままじゃ私自身が辛い。
期待して、絶望しての繰り返しで、もう私の心が悲鳴を上げていた。
「私だって、役に立ちたいんだよ。いつかは解決できるだろうけど、私が思い出すのが一番早い解決法じゃん。勉強だってそれなりに出来るようになったけどさ、やっぱり二年分の知識量には敵わない」
いっぱい建前を考えて羅列するけれど言えば言うほど気持ちは追い詰められる。
「それに、燈馬君だって「私」に会いたいでしょ?」
うっかり本音を口にしても、すぐに自分で気づけないくらいに。
燈馬君は黙って、私を見つめている。
私はその顔を見て失言をしてしまったことに気づいた。
「……私は、燈馬君の知ってる「私」じゃないから。どんなに燈馬君が会いたくても、話をしたくても、私は「私」じゃないから。私燈馬君に何もしてあげられない。こんなにいっぱい迷惑掛けてんのに、嬉しくて、感謝しかないのに、ホント、何も」
ぼろぼろぼろぼろ、私の気持ちが、口から、目から、色んな状態でこぼれ落ちていく。
「不安とか怖さとかあったけど、全然大丈夫だったし、返したいのに、お礼が返せない」
全部全部、隠しておきたかったのに、喋れば喋るほど、どんどん自分から暴いてしまう。
もう喋らなきゃいいのに、どんどん気持ちを吐露し続ける。……私はなんて弱いんだろう。
「記憶が戻れば、きっと全部元に戻るから、解決するから、だから、私……」
燈馬君は黙ったまま、静かに私が全部言い終わるのを待った。
辺りを囲む鈍色の格子がだんだん茜に染まっていく。
赤。
オレンジ。
ピンク。
紫。
全部の色が混じり合って不思議な色を作り出していく。
私達はまるで夕闇と陽の光の境目に立っているようだった。
その光を、光景を、背中に背負った燈馬君が私を見たまま優しく微笑んでくれている。
胸がぎゅっと締め付けられて痛い。
痛くて、痛くて、このまま消えてしまえればいいのにと切に願った。
もう私は、燈馬君に守ってもらう資格はない。
想い人がいるのを知っているのに勝手に横恋慕して、勝手に想いを募らせて、勝手に苦しんで、勝手に楽になろうとした。
これ以上はもう、居た堪れない。
どんな顔をして、隣に立てばいいのか解らない。
「無理に戻さなくたって、いいんですよ」
燈馬君が、ゆっくりと口を開いて、言った。
「もし思い出すことがなくても、新しい記憶を作っていけばいいんですから」
スローモーションのようだった。
一歩ずつ近づいて、私に手を差し伸べる。
「僕は、あなたが好きです」
言われて思わず顔を見返して、後悔した。
燈馬君がいつも「私」の事を話すときにしている表情で、私に微笑んでいたから。
「嘘だ」
だから解る。それは嘘だ。
だって、
「燈馬君が好きなのは、高校2年生の「私」でしょ? 私じゃないじゃん」
私の後ろに「私」をいつだって見てる。向けられる何もかもが、全部、「私」への物だ。
燈馬君の指す「あなた」は私じゃない。「私」なんだ。
そんなの、目が覚めてからずっと見てるんだもん。痛いくらい解ってる。
私の信用できないオーラをものともせず、燈馬君はまた一歩、私に近寄る。
「記憶の先の水原さんは、今の水原さんの延長線上に居るんです。あなたを、好きにならない訳が無いでしょう」
表情は、変わらない。
微笑んだままだ。
「私、告られたら断るって、言ったよ……」
「僕を知らないからでしょう? 誰だって知らない男に告白されたって困るのは解ります。だから、知ってください」
それで水原さんも好きになってくれたら嬉しいんですけど、とまた一歩。
私は階段のへりを踵に感じたまま、動けない。
……狡い。
その言い方じゃ、まるで私自身に対して言ってるみたいじゃないか。
私の事は、「私」ほど好きじゃないんだろ?
「それに一年待てば、あなたの言う「高校二年生の水原さん」になりますよね。そしたら断られませんよね?」
……狡いよ。狡い、狡い。
ハッキリ「私」がいいと言ってるじゃないか。高校二年の私になるまで待つって。
それなのに、どうして私はこんなに嬉しいんだろう……
悔しい。
悔しい。悔しい。
こんな酷いこと言うヤツなんて、そうそういない。
「水原さん」
視界がまた涙で歪む。
「「水原さん」であるのにこだわっているのは、水原さんだけですよ」
燈馬君は、もう目の前だ。
もう、頭を寄せるだけで触れる距離。
「僕は、水原さんが好きなんです」
身体を預けて泣きじゃくる私を、燈馬君はずっと抱きしめてくれていた。
あれだけ眩い光を放っていた夕日はもう沈んで、紫から濃紺に空の色を落とす。
ずっと覆ってくれた肩も腕も冷え切ってしまったことに気付いて申し訳なくて身を離すと、燈馬君と目が合った。
私ほどじゃないんだろうけど、目元が赤くて腫れぼったい。
手を伸ばして、顔に触れる。
くすぐったそうに、でも嬉しそうに、燈馬君は目を瞑った。
あぁ、私も。
燈馬君が好きだ。
「私」の気持ちが、記憶のない私に残っていたんじゃなくて。
この気持ちは紛れもなく私自身の物なんだ。
私は、返事の代わりに燈馬君にキスをする。
好きだよ、と言葉に出来なかった。抜け駆けしたような気がする「私」に対しての罪悪感なんだろうか。
切ないような、苦しいような、説明出来ない感情が胸を締め付ける。
キス一つで伝わるとも思えないけど、燈馬君は察しがいいから、声を発しなくてもきっと意図を汲んでくれるだろう。
時間にしたらあっという間の出来事だったんだろうけど、私には長い長い時間に感じた。
触れ合った部分だけ、燃えるような熱を放っていた。
この寒い夕闇の中で、松明のように。
もし、記憶が戻ったとしたなら。
この気持ちが記憶が、今この瞬間が、消えなきゃいいなぁ、と私は思った。
私は。
今の、時間の巻戻った私は。
燈馬君のそばに、ずっと居たいよ。
。。。終われ。。。終われ。。。
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① / ② / ③
また、盗撮が始まった、らしい。
らしいと言うのは、私は現在の所全く関わらせて貰えないからだ。
燈馬君の勉強会も開かれず、行き帰りの香坂や梅宮の付き添いのための迎えの時間も遅くなった。
休み時間の度に誰かしら私の顔を見に来るし、先生もほぼ私につきっきりになっている。
私に事件と関わらせない。私をなるべく一人にしない布陣。
理屈は解るんだ。私は犯人に階段から付き落とされて怪我をした。事故なのか殺意があったのか解らない。私は今は思い出せなくても犯人の顔を見た記憶を持っている。もし最初から殺意を持って付き落としていたのなら、今度こそ殺されてしまうかもしれない。
でもさ、でも。
私も、役に立ちたいって思うのは、自然な事だと思うんだ。
ばたばたと放課後に走り回るみんなの姿を、私は保健室で見ていることしかできないっていうのはホント歯がゆくてさ。
高2の「私」ならばとどうしても考えちゃう。
彼女なら、率先して走り回って解決の糸口を見つけてくるはずなんだ。フットワーク軽く、持ち前の度胸で突撃かまして。
それなのに、私はこんな風に守られて仲間外れにされて。危険な目に遭わないように、一人きりにならないように見張られて。
「本当に……お姫様みたい」
私は、誰に聞かせるでもなく、以前、保健の先生に言われた事を思い出してぽつりとつぶやいた。
私は、みんなのお荷物でしかないんじゃないだろうか?
記憶がないくせに、役に立てないくせに、いっちょまえに狙われている(かもしれない)。
同じ刺激を受けたら、失った記憶が戻るかもしれない。
昔どこかでそういうマンガを読んだ記憶があった。
きっと病院の先生に言ったら馬鹿馬鹿しいって笑われるんだろうな、と、そういうことを考える余裕はあった。
保健室通いで常に気を配られている私でも、お手洗いとか息抜きとかでちょろっと席を外すのは可能だった。
先生にちょっとトイレ、と言って保健室を出ると、私は反対方向の階段へ向かい、上っていった。
がちゃり、と屋上の扉のドアノブを回すと、冷たい外気が隙間から零れる。
そのまま構わずにドアを引くと、重たそうな雲の隙間から赤い日の光が帯のようにいくつもいくつも降りる空が見えた。
足を外に踏み出すと、体が寒さできゅっと引き締まる。
そのまま屋上の端まで進んで非常階段の柵をひょい、と越えると、徐々に赤く染まっていく町並みが見えた。
高2の私が最後に見た景色は、この風景なんだろうか?
見ても思い出せないことに、また少しばかり絶望して息を大きく吐いてみる。
白く染まった空気は、ちょっとだけ頬にぬくもりをこすりつけて消えていった。
私は非常階段を背にして空を見る。
すでに明るさは失われて、夜の闇に近い、濃紺に変わりつつある空。
……あ、燈馬君の目の色だ、と私は思った。
いつも落ち着き払っていて、不安定な私を安心させてくれる不思議な瞳。
絶対今の私には手に入らない、遠い遠いまなざし。
今の空と一緒だ。どんなに手を伸ばしても遠くて。
思いながら腕を伸ばしきろうとした瞬間、ぐらりと身体が傾いて、そのまま全身が重力に飲まれる。力を抜けば、そのまま落ちる。
慣性の法則だっけ? 重い胴体が倒れ込んでも、手は同じ速度では落ちなくて、空に向かうように軌道を描く。
届かない空に、体が勝手に手を向ける。
諦めてるのに、なんて滑稽。
悔しくて、苦しくて、私は逃げるように目を閉じた。そして、間髪入れずに大きな衝撃がくる、はずだった。
左の手首が、すごく痛い。
そろそろと目を開けると、険しい表情の燈馬君が、私の手を取っていた。
バランスを失った私を繋ぎ止めるように、片方を手すりに捕まりながら精一杯手を伸ばした体勢で。
「……危ないよ」
私はなるべく緊張感のない声で、そう言う。
「燈馬君が怪我したらどうすんだよ。私は落ちたって自業自得だしさ」
「……」
燈馬君は無言のまま、私に体勢を直せ、と頭だけで指図をする。
仕方なしに身体を真っ直ぐに戻してもう一度燈馬君を見直すと、険しいなんてどころの騒ぎじゃない、明らかに怒っている状態で彼は息を整えていた。
「……何考えてるんですか!」
「事故だよ事故。……バランス崩しただけじゃん」
「わざと階段に背中を向けましたよね? わざと、背中から落ちようとしましたよね? そんな嘘バレバレなんですよ! また頭打ったら……」
「頭打ったら、思い出すかもしれないでしょ?」
凄い剣幕の燈馬君を尻目に、私は一生懸命軽く聞こえるように取り繕う。
心配してくれて凄く嬉しい。だけどそれは、「私」だからであって、私自身だったらどうだろうか。
確信を得たくない。
けれどこのままじゃ私自身が辛い。
期待して、絶望しての繰り返しで、もう私の心が悲鳴を上げていた。
「私だって、役に立ちたいんだよ。いつかは解決できるだろうけど、私が思い出すのが一番早い解決法じゃん。勉強だってそれなりに出来るようになったけどさ、やっぱり二年分の知識量には敵わない」
いっぱい建前を考えて羅列するけれど言えば言うほど気持ちは追い詰められる。
「それに、燈馬君だって「私」に会いたいでしょ?」
うっかり本音を口にしても、すぐに自分で気づけないくらいに。
燈馬君は黙って、私を見つめている。
私はその顔を見て失言をしてしまったことに気づいた。
「……私は、燈馬君の知ってる「私」じゃないから。どんなに燈馬君が会いたくても、話をしたくても、私は「私」じゃないから。私燈馬君に何もしてあげられない。こんなにいっぱい迷惑掛けてんのに、嬉しくて、感謝しかないのに、ホント、何も」
ぼろぼろぼろぼろ、私の気持ちが、口から、目から、色んな状態でこぼれ落ちていく。
「不安とか怖さとかあったけど、全然大丈夫だったし、返したいのに、お礼が返せない」
全部全部、隠しておきたかったのに、喋れば喋るほど、どんどん自分から暴いてしまう。
もう喋らなきゃいいのに、どんどん気持ちを吐露し続ける。……私はなんて弱いんだろう。
「記憶が戻れば、きっと全部元に戻るから、解決するから、だから、私……」
燈馬君は黙ったまま、静かに私が全部言い終わるのを待った。
辺りを囲む鈍色の格子がだんだん茜に染まっていく。
赤。
オレンジ。
ピンク。
紫。
全部の色が混じり合って不思議な色を作り出していく。
私達はまるで夕闇と陽の光の境目に立っているようだった。
その光を、光景を、背中に背負った燈馬君が私を見たまま優しく微笑んでくれている。
胸がぎゅっと締め付けられて痛い。
痛くて、痛くて、このまま消えてしまえればいいのにと切に願った。
もう私は、燈馬君に守ってもらう資格はない。
想い人がいるのを知っているのに勝手に横恋慕して、勝手に想いを募らせて、勝手に苦しんで、勝手に楽になろうとした。
これ以上はもう、居た堪れない。
どんな顔をして、隣に立てばいいのか解らない。
「無理に戻さなくたって、いいんですよ」
燈馬君が、ゆっくりと口を開いて、言った。
「もし思い出すことがなくても、新しい記憶を作っていけばいいんですから」
スローモーションのようだった。
一歩ずつ近づいて、私に手を差し伸べる。
「僕は、あなたが好きです」
言われて思わず顔を見返して、後悔した。
燈馬君がいつも「私」の事を話すときにしている表情で、私に微笑んでいたから。
「嘘だ」
だから解る。それは嘘だ。
だって、
「燈馬君が好きなのは、高校2年生の「私」でしょ? 私じゃないじゃん」
私の後ろに「私」をいつだって見てる。向けられる何もかもが、全部、「私」への物だ。
燈馬君の指す「あなた」は私じゃない。「私」なんだ。
そんなの、目が覚めてからずっと見てるんだもん。痛いくらい解ってる。
私の信用できないオーラをものともせず、燈馬君はまた一歩、私に近寄る。
「記憶の先の水原さんは、今の水原さんの延長線上に居るんです。あなたを、好きにならない訳が無いでしょう」
表情は、変わらない。
微笑んだままだ。
「私、告られたら断るって、言ったよ……」
「僕を知らないからでしょう? 誰だって知らない男に告白されたって困るのは解ります。だから、知ってください」
それで水原さんも好きになってくれたら嬉しいんですけど、とまた一歩。
私は階段のへりを踵に感じたまま、動けない。
……狡い。
その言い方じゃ、まるで私自身に対して言ってるみたいじゃないか。
私の事は、「私」ほど好きじゃないんだろ?
「それに一年待てば、あなたの言う「高校二年生の水原さん」になりますよね。そしたら断られませんよね?」
……狡いよ。狡い、狡い。
ハッキリ「私」がいいと言ってるじゃないか。高校二年の私になるまで待つって。
それなのに、どうして私はこんなに嬉しいんだろう……
悔しい。
悔しい。悔しい。
こんな酷いこと言うヤツなんて、そうそういない。
「水原さん」
視界がまた涙で歪む。
「「水原さん」であるのにこだわっているのは、水原さんだけですよ」
燈馬君は、もう目の前だ。
もう、頭を寄せるだけで触れる距離。
「僕は、水原さんが好きなんです」
身体を預けて泣きじゃくる私を、燈馬君はずっと抱きしめてくれていた。
あれだけ眩い光を放っていた夕日はもう沈んで、紫から濃紺に空の色を落とす。
ずっと覆ってくれた肩も腕も冷え切ってしまったことに気付いて申し訳なくて身を離すと、燈馬君と目が合った。
私ほどじゃないんだろうけど、目元が赤くて腫れぼったい。
手を伸ばして、顔に触れる。
くすぐったそうに、でも嬉しそうに、燈馬君は目を瞑った。
あぁ、私も。
燈馬君が好きだ。
「私」の気持ちが、記憶のない私に残っていたんじゃなくて。
この気持ちは紛れもなく私自身の物なんだ。
私は、返事の代わりに燈馬君にキスをする。
好きだよ、と言葉に出来なかった。抜け駆けしたような気がする「私」に対しての罪悪感なんだろうか。
切ないような、苦しいような、説明出来ない感情が胸を締め付ける。
キス一つで伝わるとも思えないけど、燈馬君は察しがいいから、声を発しなくてもきっと意図を汲んでくれるだろう。
時間にしたらあっという間の出来事だったんだろうけど、私には長い長い時間に感じた。
触れ合った部分だけ、燃えるような熱を放っていた。
この寒い夕闇の中で、松明のように。
もし、記憶が戻ったとしたなら。
この気持ちが記憶が、今この瞬間が、消えなきゃいいなぁ、と私は思った。
私は。
今の、時間の巻戻った私は。
燈馬君のそばに、ずっと居たいよ。
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