抱く。(想可奈)
萌えてると、なんか早いよね。いろいろと。
↓以下、本文です。
「水原ってさ……」
名前が聞こえると、誰の声であろうが無意識に耳を傾けてしまう。
大抵は彼女の派手というか、破天荒な行動の噂などだが、少なからず容姿や性的な話題が出てることがある。
最初は噂話や雑談に興味もなく耳に入らなかったが、いつの頃からか可奈の名前を聞くと話を追うようになっていた。
可奈のことを性的な意味で話されるのは不快だ、と想は思う。
下世話な話題に、どうして水原さんを出す必要がある。
自分とは関係ない、思いもよらないところで、こんな汚ならしい目で見られてるってことを知ったら、彼女がどう思うか。
性のはけ口に、水原さんを利用しないで欲しい。
自然とため息が漏れ、眉間に力が入ってしまい、険しい表情になってしまう。
そんな様子が想から感じ取れたのか、さっきまで可奈の話をしていた数人か気まずそうに話題を変え、そのまま教室を出ていった。
彼らの後姿を見送りながら、自分の心の狭さを思い知る。
自分のことは何を言われたって平気なのに。
可奈のことは、他の男の、どんな話題だって口に上って欲しくない。汚して欲しくない。
思うのは自由だし、自分に言う権利なんてない。
だけど。
しかし。
じゃあ自分はどうなのだ?と自問自答する。
可奈のことをどういう目で見ているのだろうと。
清廉潔白で、いつもまっすぐで、お節介で、思いやりがあって……
自分にもってないものを沢山持っていて、それを惜しみもなく注いでくれる彼女に、
“憧れている”?
言葉にしてみると違う気がして、想は思考を止めた。
きっと、まだ言葉にできない気持ちなんだ、と“言葉”を心にしまい込む。
この気持ちに名前をつけることなんて、本当は簡単だ。
真か偽かは関係なしに、自分の思うとおりの名前を与えてやればいい。
しかし、それでいいのだろうか。
形を作ることは、必ずしも正しいことではないと思う。
曖昧なまま、大事に抱えておいても育つ気持ち。
今はまだ、その暖かさを感じていたいから。
このまま。
このままが、いい。