可奈ちゃんバースデー!
お誕生日おめでとうございますー!\(^o^)/
今年は実家に帰省しとりますのでアナログ絵にて。
アナログ好きだけど色塗りむずかしー!!
なお、誕生日小説は間に合いませんでしたので出来次第追加更新すると思います……っ
やっと終わりました……!!
年齢制限物になりそうだったのでなんとか寸でで止めたぜ!!(爆
2015/04/07 ちょっと進みました
2015/04/09 終わりましたー!可奈ちゃん誕生日っていうより誕生日おめでとうわたし状態
……orz
2015/05/21 若干の手直しと続き書きました→re/stert※R18 pixivへ飛びます
restert
行かないでって、言いたかった。
ずっと一緒にいて欲しいって、言いたかった。
でも言えなかった。
言える訳ないじゃん。
燈馬君の描く未来を邪魔する権利なんて、私にはない。
恋だった。
私は、燈馬君に恋をしていた。
どんどん遠ざかっていく背中を見つめているだけで、こんなにも、胸が痛くなるくらいに想ってた。
好きだよ!と叫んでしまいたかった。
だけど、そんなの言われたって燈馬君が困るだけだから。
カラカラに渇いた喉に、言葉ははりついて、詰まったまま。
背中が、滲む。
滲んで、滲んで、何も見えなくなって。
私は、わんわんと子どものように泣いた。
恥も外聞もなく。
ただ、声を上げて。
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「馬鹿だなぁ、私」
ため息をつきながら、可奈は手からぶら下げたものを見た。
白い箱の中には、ケーキがワンホール。
唐突にケーキが食べたくなってお店に行ったはいいけれど、選びながら目の端にチョコレートのプレートの乗ったケーキがちらりちらりと見えてふと気づく……今日は何日だったっけ?
レジの後ろにあるカレンダーを見て、思わず大きなため息をついた。今日は四月三日。可奈の誕生日だ。
自分の誕生日にケーキが食べたくなるのは仕方が無い。けれど忘れていた事実になんだか情けなくなり、半ばヤケになってイチゴのいっぱい乗っている、やや大きめのワンホールケーキを買ってしまった。
食べる人間は、自分しか居ないにも関わらず。
うららかな、春の日差しだった。
可奈がこの街に来てから三度目の春だ。
この時期は決まって川沿いを通り帰宅する。遠回りになるにも関わらず。それは、見事な桜並木を眺めながら歩けるからだった。
けぶる様に咲く桜の木々を見上げると、なんとも言えない、情けない気分をしていた事も洗い流されるよう。宙を舞う花びらも幻想的で、いつもの風景がこの時期だけは異世界のようになるのだ。
自分の誕生日付近で毎年決まって咲いてくれるこの花を、可奈は気に入っていた。
花を見ながら、いつだったか桜の下で二人花を眺めたことを思い出す。その前に起きた、イザコザも。
花見をしようという話をクラスでしている最中に、当時高校三年生の峯岸先輩がふらっと入ってきて、燈馬と可奈の関係を問うてきた。
「水原さんの答える通りです」
燈馬は、そう言ったそうだ。
それは自分が否定をすると思っていたからだろう、と可奈は思っている。可奈の性格を燈馬は良く知っているから、そんなことを聞かれたら否定するに決まっていると。
結果その通りだったから文句のつけようがないけれど、交際を断る労力を自分に押し付けるところが狡い。思い返すと文句の一つも言ってやりたいけれど、何故か、あの時はそういう類の言葉は一言も出てこなかった。ただ、一発、殴っただけで。
ひらひらと、花びらが風に舞う。
今年も短い桜の時期が終わっていく。
空を覆いつくすピンク色の天蓋の下、心地よい風と落ちていく花びら達。
それはため息が出るほど綺麗で。色々と思い出し、モヤモヤし始めた気持ちがすっと凪いでいくのを感じた。
あの日も、桜を眺めていた。
桜吹雪が綺麗だ、と見とれていたら。 燈馬が、春風を纏いながら現れたのだった。
代わりますよ、と菓子の入った紙袋をぶら下げながら、にこにこと。
道の少し先の方に、可奈と同じように桜を見上げる男性の背中があった。
少し長めの黒髪が、風ではらはらと流れていく。隙間から深い色をした切れ長の目がちらりと見える。うっとりと頭上に視線を投げるさまは、この世ならざるものを見ているように、綺麗に感じた。
ふわりと肩を抜ける風に男は目を細め、こちらに顔を向ける。その顔は、たった今思い浮かべていた人物のそれに酷似している。
……まさか。
そんな筈はない。
だって、ここはかつて自分が、彼が住んでいた街ではない。故郷から少し離れた別の場所だ。偶然にしたって出来すぎている。
どきん、どきんと大きく響く鼓動を聞きながら。 それでも、足は止めずに、可奈は進む。
50m。
40m。
30m。
どんどん近くなる距離。
他人の空似だと、背丈だって全然違うと頭では否定をしつつ。それでも、目を逸らせずに、どんどん近寄っていく。
人の近づく気配がしたのか。男性は、ふと、こちらに視線を投げた。面差しは、やはりそのまま。記憶のままで。視線が、交差する。
「……水原さん」
ふわりと、男性が笑った。
それは、可奈が昔良く見ていた、好きだった彼の表情で。
「燈馬……君?」
5mくらい、手前で。
可奈は驚いた表情のまま、足を止めた。
「お久しぶりです」
向き直り、燈馬は手を差し出した。
離れている距離を詰めるように、お互いに歩み寄る。触れられる距離でようやく止まり、お互いに顔を見る。
別れていて会うことの無かった三年の歳月。劇的では無いにしても確実に変化していた。
……そりゃ高校三年生の時にはもう身長を越されてたけど、その後にまだ伸びるなんて想像もつかなかったわ。
見上げながら、心の中で軽口を叩く。
そうでもしなければ、知らずドキドキ高鳴っている胸を誤魔化すことが出来ない。
もう燈馬には少年の面影はなく、すらりと背の高い、精悍な顔つきの大人の男性だった。
「随分変わってたから、最初気がつかなかったよ」
おずおずと、差し出された手を握る。
久しぶりに触れた手。身体のワリに手はしっかり男の子してんのなぁ、と昔口に出して呆れられたことを思い出す。自分とは違う、骨ばった手。
名残惜しく手を離すと、燈馬は微笑み、そうですか? と首を傾げた。
「背が、伸びたね」
何か言わないと、と辛うじて、そう一言。
あまりの変化に眩しくて、言葉がすぐに出てこない。
そんな可奈の呟きに、燈馬は静かに頷く。
「水原さんは、あんまり変わってなくてほっとしました」
対して、自分は三年前から外見的にはあまり変わっていないなぁ、と思った矢先に燈馬からのその言葉。
「……褒めてないよね?」
一応大学ではそれなりにモテてはいるし、自分なりに化粧したり色々、努力をしているつもりなんだけれど。燈馬から見たらそんな変化も微々たるものなのだろう。僅かばかり、がっかりな気分になる。
「で? なんでここにいるの?」
ここは可奈が進学した先で、高校時代を共に過ごした居住地からは少し離れている。こちらに用事があって通りかかったりわざわざ調べたりしない限りは、ばったり会うなんて可能性は無いだろう。
「水原さんに、会いに来ました」
「え?」
まっすぐ見つめられながらそう言われ、流石の可奈もたじろいだ。
「いけませんか?」
「いけなくは、ないけど……」
この四年間。たまにメールや電話のやりとりはあったものの、会うことは無かった。
タイミングが合わなかっただけ、ということにはしているが、可奈の踏ん切りがどうしてもつかず、なんのかんのと会うのを避けていた。
きっと会ったら、しまいこんでいた気持ちが漏れだしてしまう。無理矢理諦めた恋心が、またじくじくと熱を持つ。
電話で声を聞く度、メールを受け取る度に心は踊る。でもそれは自分勝手な感情で。顔が見えないからこそ、自分はただの友達なんだ調子に乗るなと自身に言い聞かせられた。
わざわざ、可奈に会うためにここに来たという。
それでは……期待してしまうではないか。
「そ……そんなこと言ってさ、仕事のついでだろ?」
内心の動揺を悟られないようおどけてみせるが、その言葉に燈馬は眉をしかめた。
「まとまった休暇がやっと取れたので来たんです」
仕事がなければ会いに来ちゃいけないんですか? そうでなくとも、高校で別れてから今まで会えなかったというのに。ぶつぶつと燈馬が文句を言う様子を、さらに動揺した頭で可奈はぼーっと眺めていた。
わざわざ、私に会うために? 貴重だろう休暇を使って? ……それはそれは。友達冥利に尽きる。
わざと友達を意識して予防線を張る。そうしなければいけないと、義務感が沸き起こっていた。
燈馬の事を好きだったのは三年前だ。
それからお互いそれぞれの道に分かれ、接触は最低限だった。近況を伝え合ったりはしてはいたものの、交友関係やらそういったものは話したりはしていない。元々燈馬もそういったことを言ってよこす相手ではないし、自分自身も色々な負い目を感じているからか、そういった話は一切出さなかった。
知らないうちに、そういう相手が出来ていたっておかしくはないのだ。そして、それを詰る権利は可奈には無い。
けれど、可奈に会うためだけに来てくれたという事実は純粋に嬉しかった。高校時代の思い出の中だけの友達だと思われていたとしても。
「もしかして、……迷惑でしたか?」
明らかにしょんぼりとした様子で、燈馬が訊いてくる。そんな様子はしっかりと昔のままだ。年不相応に幼くて、可愛らしい。背が高くなり見下ろされているはずなのに、小さく見える。
「そんなこと」
思わず、笑みがこぼれる。
「すごく嬉しいよ。久しぶりに顔見られたんだもん」
可奈の様子に、あからさまにほっとした様子で、燈馬も笑った。ああ、この顔、大好きだったなぁ、と目を細めながら思う。
心の中が当時までぐるぐると巻き戻る。気持ちはあの頃のまま、変わらないままなのだ。時間はこんなに過ぎていったのに。
そう、今更、なんだよなぁ……
燈馬と連れだって他愛ない話をし、家路を歩きながら、そう思う。
こんなに想いをこじらせるくらいなら、あの時に言ってしまってすっぱり振ってもらえば良かった。
しかし同時に、言わなくて良かったとも思っている自分もいる。
言っていたら、きっと今の燈馬の姿を見ることが出来なかっただろう。なんだかんだで燈馬は優しい。だから、可奈を傷つけたとしたら、もうコンタクトなんて取らなくなってしまっただろう。
今の燈馬は自分の夢に向かって真っ直ぐに進んでいる。高校時代で停滞していた分を取り返して余りある実績を、着実に積んでいる。その姿は眩しかったし、誇らしかった。
物理的には側にいられなくとも、友達としてその成長をかいま見せてもらえた。
それ以上を望むなんて。とてもとても。
「これ、どうしたんです?」
持ちます、と、二人の間にぶら下がる箱の入った大きめの袋を、燈馬は可奈の手から奪い取った。
箱の分だけ開いていた二人の距離が、燈馬が反対の手に移すことによってほんの少し、狭まった。
僅かに寄った肩にほんの少し胸が弾んだが、ケーキのことを思い出してまた自分が情けなくなってくる。
「ホールケーキ」
はぁ、とため息をつきながら答える可奈の横顔を、燈馬はふむ、と頷きながら、見つめる。
「誕生日のケーキですね」
言われてどきりとする。
誕生日覚えててくれてるんだ。そりゃしつこく毎年メールで誕生日だーって言ってはいたけれど。誕生日を祝いにわざわざ会いに来てくれたの? ああでもたまたまこの時期に休暇取れたんだから偶然なのか。
ごちゃごちゃと色々考えてしまう頭の中をなんとか落ち着かせて、極力、あまり感情を出さないようにそう、と可奈は頷いた。誕生日を覚えて貰えてるだけで浮かれてるなんて知られたら恥ずかしい。
不審そうにこちらを燈馬が見ている気がするけれど、気のせいだと思うことにする。
「もしかして誰かと約束してました? ……お邪魔しちゃって平気なんですか?」
……不審なのはその点か。
ホールケーキを一人で食べるわけがない。そう言いたげな燈馬に可奈は苦笑しながら先ほどのケーキ屋の話を説明する。
ケーキ屋さんに入ってケーキを買おうとしたらカレンダーが目に入り云々。
僅かに呆れたような視線を投げられて、ほっとしたような悲しいような、なんとも言いがたい気分になってくる。
浮かれてるのに気がつかれなかったんだから、きっと喜ぶべき所なのに。
「それにしても、ものすごいタイミングだよね。食べる頭数が増えて私は助かるけど」
こほん、と一つ咳払いをして話を戻す。
一人で食べるとしたら一日じゃ食べきれない。一人寂しく泣きながらバースデーケーキをちびちびと二日かけてたいらげただろう。
「……一緒に食べてくれる相手は呼ばなかったんですか?」
友達とか彼氏とか。言いかけて燈馬は言葉を切る。言ってもし同じ言葉が返ってきたら怖いと思って。
けれど可奈はそれに気づかず、どうという事もないように、軽く首を振る。
「みんな帰省しちゃってまだ帰って来てないし、そもそもパーティーとか開くくらい親しい間柄の人間が仮にいるとするなら、誕生日を当人が忘れていて、たまたま思い出して一人誕生日会、なんてことにはならないでしょ?」
そう言われると、確かに。
頷かざるを得ない論理に、可奈はにこにこと笑った。
高校時代となんら変わらない、人なつこい笑顔だ。
「だから、ありがとね。来てくれて」
「いえ……こちらこそ、ご馳走様です」
そういえば、高校時代、うちで食事をするっていう時はよくこうやってデザートを手土産に燈馬君と一緒に帰ったなぁ。
そんなことを思いながら、可奈は燈馬と肩を並べ、ゆったりと自宅へと向かっていった。
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「アメリカに帰ることになりました」
静かに、燈馬は言った。
三月。進学先が無事に決まり、卒業式も終わった数日後。やることもない可奈は燈馬の家に入り浸っていた。とはいえ、何をするわけでもない、ただ、行って普段通りに勝手にごろごろしたり、食事を作ったり、話をしたりするだけだったが。
そんな日が数日続いたある日に、唐突に、燈馬は帰国を告げたのだった。
「恩師がラボを開くということで、声がかかりました」
持っていたマグカップを思わず落としそうになるのを寸でで堪える。
確かに、燈馬は進路なんてものはない。すでに大学まで出ていて仕事もしている。何をするのも、自由だ。
これからどうするのかという話が今まで出ないのがおかしいくらいだった。
「それは……ナンタラ関数とか、そういうのと関係があるの?」
思わず訊いた可奈の問いに、燈馬はこくりと頷いた。
燈馬の専攻していた分野ならば、迷わず飛びつくだろう。ずっと解きたいと言っていた命題だ。心なしか、表情も輝いて見える。
「そっか。それなら行かないとだね!」
燈馬の嬉しそうな顔を見て、可奈もなんだか嬉しくなってくる。
ずっとこのまま、高校時代の延長でいられると根拠もなく思っていた可奈には寝耳に水な事態だけれど、燈馬が自分自身の可能性を信じて、成長しようと進んでいく姿を見られるのは誇らしい。
「たまにはこっちに帰ってきたりするんでしょ?居ない間、たまに部屋の風通しとかしてあげよっか?」
だから、そんな友にせめて手伝いがしたくて。出来ることはと口にした提案だったけれど。
「いえ」
燈馬は非常に言いにくそうに、首を振った。
「ここは、引き払うつもりなんです。いつ帰って来られるか、保証もないので……」
「そ……そう、だよね」
もう、燈馬はここには帰って来ない。
思ってもみないことだったので、うまく言葉が紡げない。
燈馬はもともとアメリカで生まれ育っていたことを今更ながらに思い出す。日本は、ルーツではあるかもしれないが故郷ではない。
アメリカに「行く」のではなくて、アメリカに「帰る」のだ。あくまで日本は、燈馬にとって留学先のようなものだ。
ずっと、ここにいるなんて、そもそもありえないことだったのに。
「すみません」
可奈がショックを受けているのを察して、燈馬が申し訳なさそうな顔で頭を下げる。
「なんで謝るのさ! 悪いのはこっちだよ勝手に勘違いしちゃってさ」
肩を叩き頭を上げさせるが、燈馬はまだ、眉尻が下がったままだ。
可奈は必死で笑顔を作る。巧く笑えてる気はしないけれど、頑張って口角を上げた。
「燈馬君がいないんだから、部屋を引き払うのは当然じゃん」
それに対して、可奈がショックを受けたり、文句を言う筋合いはない。
燈馬はまだ何かを行いたそうだったけれど、いい言葉が見つからないのか、悲しげに、可奈に向かって微笑んだ。
「……もう簡単に会えなくなっちゃうんだね」
ぽつりと、可奈が呟いた。
きっと今までのように気軽にふらっと会いに行って会える、というものでもない。燈馬は遊びに帰るのではなく、これからは研究にほとんどの時間を費やすのだ。
日本にもいつ帰ってこられるか分からないから部屋を引き払う、という具合だ。そうそう、こちらにも来られるとも思えない。
「そんなこと、ないです」
小さい声だけれど、はっきりと。燈馬は可奈に言い切った。
「会おうと思えば、いつだって会えるじゃないですか?」
いつだって、水原さんはこちらの都合なんてお構いなしに来るじゃないですか。
燈馬は、どうして? という顔で、可奈を見ていた。
……だって。
燈馬君の邪魔はしたくないんだもん。
そう思ったが、口には出せない。
今までなら。確かに、燈馬の言うとおり、燈馬がどんなに迷惑に思おうが気にしなかった。なのに、どうしてだか、この時はそれが出来る気がしなかった。
アメリカに帰ることになりましたと言った時の燈馬の嬉しそうな顔が脳裏に浮かぶと、胸がつきりと痛みを持つ。
その痛みの理由が判ったのは、空港に見送りに行った時。燈馬の遠ざかる背中を見た時だった。
苦しくて苦しくて、涙が零れる。
止めようがない。
理屈じゃない。
可奈はその時まで、燈馬に恋心を抱いていたことに、気がついていなかった。
気がついた瞬間に、失恋していた。
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「ささ、どうぞ」
「お邪魔します」
ドアとほぼ同じくらいの幅しかない玄関に、手で誘導をする。燈馬を家に上げ、必要最低限の広さしかもたない上がりに、可奈自身の靴を脇に寄せて靴を並べて揃べ、自分も上がる。
背中を押して部屋に誘導すると、可奈はさっさと荷物を置いて、ハンガーを燈馬に手渡した。
「ゴメンね。狭いでしょ?」
「いえ。そんなことないですよ」
お茶を用意するから、と、持って貰っていたケーキを受け取って、可奈は燈馬を座らせる。
手持ちぶさたになった燈馬は、どうしたものかと準備をする可奈の背中を見つめていた。
「適当にテレビ見たりしてていいよー」
鼻歌を歌いながら準備をする可奈を、燈馬は懐かしそうな面もちで見る。ほんの数年前までは、こんな光景は日常だったはず、と。
──水原さんはあんまり変わってなくてほっとしました
思わず、口から出てしまったけれど、嘘だった。
寄せられる明るい笑顔は変わっていなかった。ほっとしたのは事実だった。
けれど、記憶の中の可奈とは随分と違っていた。
……ずっと、大人っぽく、綺麗になっていた。
会えなかった三年間のうちに何があったのか。
引っ越しをしたことも伝えてもらえないような友達で、ただの世間話しかしない中では推し量ることはできやしない。
アメリカに帰ることになりました、と言ったあの時の可奈を思い出す。
あの時の可奈の悲しげな笑顔を見て、胸にちくりと痛みが走った。可奈がどう思おうとも、燈馬には関係がない筈なのに。可奈を傷つけるということが、心を苛む。
それで初めて、燈馬は、自分が可奈に好意を持っていることに気がついたのだった。
渡米した後、何度も会いたいと思う時があったけれど、その都度、可奈にその日はどうしても都合がつかない、と断られた。話すだけでも最初は思っていたけれど、時差や都合のことを考えてしまうと、おいそれと電話をかけることもなかなか出来なかった。
水原さんの中では、僕はただの友達の一人なんだ。
いつしかそういう結論が自分の中で出来ていたけれど、どうしても、諦めきれなくて。可奈には内緒で来日したのだった。
結果、三年ぶりにやっと、燈馬は可奈を見ることが出来た。どうしても会いたい、それだけの理由だった為、これからどうしたらいいか等考えてはいなかった。
久しぶりに会った燈馬を快く自分の部屋に迎え入れるくらいには嫌っておらず、また、燈馬という異性が部屋にいるのに気にしないくらいには意識されていないという事実に今は苦笑するしかない。
「まさか一人暮らししてるとは思いませんでした。通える距離だから家から通うんだ、って言ってたので」
準備をしながら、何気ない燈馬の一言に可奈はどきりとした。
隠していたわけではなくて、気まずくて、言い出せなかっただけだ。
本当は家から通うつもりだった。三年前、燈馬に対する気持ちを自覚して、送り出す直前までは。
自分の気持ちを自覚してから急に、学校までの道のりが苦痛になった。
駅まで歩く道のりも、乗る電車も。高校とは距離も違う筈なのに。朝、駅まで向かうその風景が、あまりにも思い出の中と被る、代わり映えのしない物だったので、嫌でも、燈馬の姿を思い出した。
この時はこんな話をした。この時はここで転びかけた。この時はここで燈馬に追いついた。
結局4月が終わるその前に、可奈は音をあげた。ここは思い出が多すぎて心が軋むと。
けれどそんなことを、今になったって燈馬に言えるわけがない。
「うん、やっぱり通勤ラッシュと被るから辛くて」
ははは、と軽く笑って誤魔化した。燈馬はそうだったんですね、と深く追求せずに頷いた。可奈はこっそり安堵する。
「水原警部に聞いて驚きましたが……言ってくれればまっすぐこちらに来れたのに」
「もう言ったつもりになってた。ゴメンね」
ことり、と燈馬の前にカップを置く。高校時代はよく可奈にコーヒーを淹れてもらったものだ。
ありがとうございます、と燈馬が受け取ると、さらに目の前に四分の一に切られたケーキが二つ置かれた。
プレートとロウソクは流石に恥ずかしいから貰わなかった。だから、本当に。可奈一人であればケーキを食べて気分だけ誕生日、といった具合だった。
「誕生日おめでとうございます」
「ありがと」
向かい合って座る燈馬がにこにこと祝ってくれる。
誕生日だから会いに来たのか。それともたまたま休暇がこの時期になったのか。それは判らないけれど、燈馬がここにいて誕生日を祝ってくれているのが事実だ。
ふたりっきりで誕生日にケーキを食べる。それだけで、素敵な誕生日プレゼントだった。
あれだけ会うのを自分で避けていたというのに、現金なもんだな、と自分自身に思わず呆れた。きっと一生、忘れることなんか出来ないだろう。
二人で食べるケーキは甘くて美味しかった。
奮発したのもさることながら、楽しく会話をしながら食事を採るのは、やはりいい。
ここ数年は学内で食べる昼食以外はほぼ一人だった。
それは燈馬も同じようなものらしく、高校時代が懐かしいですね、なんて言い合って二人頷いていた。
「燈馬君はさ、向こうに彼女とかいないの?」
彼女がいれば、一緒に食事をしてもらえばいいのに。訊きづらかった話題を、ここぞとばかりに軽く訊いてみる。
「もしいたら、こんな貴重な休暇に一人で日本に来ないと思いませんか?」
燈馬は紅茶を啜りながら肩を竦める。そちらこそ、と話を振ると、だからいたら今一人で居ないって、と可奈は苦笑して首を振る。
あぁ、本当に。
昔に戻ったみたいだ。
何気ない談笑を繰り返しながら、可奈の胸は懐かしさと嬉しさで満たされていった。
「ご馳走様でした」
手を合わせてぺこりと頭を下げる仕草が、見た目とミスマッチで笑みを誘う。
こういう所が変わっていなくて微笑ましいし、好ましい。
堰き止めている気持ちが溢れそうになるのを感じてそっと目を逸らし、皿を下げようと重ね始める。
「燈馬君はいつまで休暇なの?」
「ずっと休みを貰えなかったので、ここぞとばかりに一週間貰ってきました」
「この後の予定は?」
「水原さんの答え次第ですね」
「何だよ、私をガイドにしようっての? この辺り見るもんあったかなぁ?」
かちゃりかちゃりと皿を鳴らす間に交わす会話も、三年前とあまり変わらない。
先程会ったばかりの時に高まっていた鼓動は、なんとか落ち着き平常を保っている。瞬間瞬間に息苦しいくらいに胸が締め付けられたりするのだが、それは悟られないよう我慢できる位だ。
だから安心していた所に、不意打ちを食らったようだった。
「言ったじゃないですか。水原さんに会いに来るのが目的だったんです。それ以外の用事なんてありません」
かしゃん、と、皿の上でフォークが踊った。
ゴメン、と慌てて謝るけれど、鼓動は早くなったまま、治まることを知らない。
「……お茶のおかわり、持ってくる」
動揺を隠すように、目を合わせないまま急ぎ身体を上げる。
──だめだよ、そんなこと言われたら。期待しちゃうじゃない。
いくら成果をいくつか上げたと言っても、まだ燈馬の望む頂は遠い。そんなことは解りきっている。それなのに、自分勝手な気持ちを押しつけて燈馬を困らせることはしたくない。折角友達としての居場所を与えて貰えているのにこれ以上を望むなんて、あってはいけない。
嬉しいのだ。自分に会うためだけに来てくれたのは。本当に。でもそれは、きっと日本で一番、仲のいい友人だからだ。それだけは自負できる。
だから、勘違いはしてはいけない。間違っても。壊してはいけない。
頭を振って立ち上がろうとした瞬間、可奈はぐらりとバランスを崩した。
一瞬、何が起こったか解らなかった。気がついたら、可奈は燈馬の腕の中に倒れ込んでいた。
それが燈馬に腕を引かれて抱き寄せられていたせいだと気がついたのは、自分の置かれた状況に理解できるまで、たっぷり三十秒経った辺りだった。
そのまま、燈馬は抱きしめたまま。可奈は身動き出来ず、驚いたまま、固まっていた。
「どうして、そんな顔するんですか?」
耳元で、溜め息交じりの声が聞こえた。
「そんな寂しそうな顔をさせたくて、来たわけじゃないんです」
こんなに近くにいるのに、まるで心だけ遠くに居るような。
可奈のほのかに見せたその顔に、燈馬の胸はつきりと痛み、思わず手を伸ばしてしまった。
抱き込んだその肩は細くて、折れてしまいそうだった。可奈はこんなに小さかっただろうか? 自身が成長したせいでそう思えるのか。
ぎゅ、と腕に力を込めるとぎくり、と可奈の肩が跳ねた。
表情は先程のままか、それとも驚いているのだろうか。肩越しになってしまっているためこちらから見えない。
それでも拒絶をするような様子はなく、そのままになってくれているので少しだけ安堵する。振り解かれるくらい嫌われていたのであれば、もう立ち直れない。
「……寂しそうな、顔?……私が?……今?」
「僕が、アメリカに帰るって言った時と、同じ顔です」
戸惑いながら問う微かな声に、燈馬は微かに頷いた。
「あの時帰国するの、止めようかと思ったんです。水原さんに、悲しい顔させたくないって思って……」
けれど可奈が自分の気持ちを堪えて、背中を押してくれたことを思い、後ろ髪を引かれながらも日本を発った。
それから先三年間、実際に会えなくなるなんて想像だにせず。何度後悔したことか。
「やだなぁ……顔に出てた?」
可奈は抱きしめられたまま、なるべく軽く聞こえるように声だけ笑いながら言った。表情には、もはや自信がなかった。自分ではうまく気持ちを隠していたつもりだったのに。
恋心とはっきり自覚する前も、胸が苦しいなんて素振りは欠片も見せずにいたつもりだった。けれどそれは、燈馬本人にはバレていたのだ。
一人で誤魔化せていた気になっていたなんて、滑稽すぎて笑えてくる。
「仕方ないじゃん、寂しいのって理屈じゃないんだしさ!……でも、燈馬君がそこで立ち止まらずにいたからこそ、今があるんだもんね。……よかった」
それは紛れもなく、心の底からの可奈の本心だ。
恋する気持ちとは根本的にベクトルが違うのだ。
どうして、好きってだけじゃダメなんだろう。欲が出てしまうんだろう。何度となく繰り返す自問自答に答えは出ないまま、今ここに存在している。
この抱擁は、多分安心させるためのそれだけの意味でしかない、と思う。寂しそうな素振りが見えたから、可哀想だと思って。そういう文化圏に住む彼は、以前可奈が抱きしめた時に特別な事と捉えずに、そのまま普通の事として流した。
そろそろとハグに応えるように腕を背に回し、ぽんぽんと叩く。気持ちを隠したままでも、それくらいは許されるだろうか。
優しさに甘えて狡いことをしてるな、とは思う。けれど、想われる熱が暖かくてこのまま勘違いして酔ってしまいたい気分だった。
頭が冷えて、我に帰ればそんなことはないと気がつくから。それまでは。
可奈が頬擦りするように肩に頭を預けると、燈馬は応え、更に身を寄せるように抱き直した。
泣いているのではないかと、燈馬は思った。
声も震えていないし、呼吸も乱れていない。身体ももう力が抜けて体重を燈馬に預けている。それなのに。
息苦しいくらいに胸が締め付けられる感覚が沸き立つ。触れたところから気持ちが伝わればいいのにと、身勝手に思う。
『水原さんの答える通りです』
四年前、燈馬は可奈との関係を問われてそう答えた。
あれは、可奈がどう答えようと構わないと思っていた。十中八九付き合っていないと答えるだろうが、もし付き合ってる、というのであればその通りだと。
それくらいには、可奈と燈馬の距離は近かった。
年頃の男女のあれやこれやといった欲求にはあまり興味がなく、ただ、可奈と時間を共有するのは楽しかった。母国でいうガールフレンドが日本では彼女に当たるというのなら、まさしく可奈はそれだと思った。
男女で付き合う、という意味を、深く考えてはいなかった。
三年前。可奈のあの表情を見るまでは。
「水原さんはこの三年、寂しくなかったですか?」
可奈を捕らえていた腕がほんの少し緩む。声に僅かに滲んだ切ない音が耳に残り、可奈は身を捩って燈馬の顔を窺った。
「僕は……寂しかったです、とても」
目線が絡み合い、思わず息が詰まる。
愛しいものを見るような瞳で、燈馬はずっと可奈を見ていた。
可奈は至近距離でそれを受け取り、どうなっているのかもどうしたらいいのかも解らず頭が真っ白になってしまった。
目を逸らそうと思っても、出来なかった。あまりにも熱を帯びた瞳が綺麗で。
「水原さんに避けられているんじゃないかって。こうやって無理に押しかけて、迷惑に思われたらどうしようって。ずっと、そんなことばかり、考えてました」
「……避けてた訳じゃないんだ……本当は、ずっと会いたかったよ……」
燈馬がわずかな時間を縫って会おうとしてくれてたのを可奈はよく知っていた。でも、どうしても顔を見ると、もう行かないで欲しいと、ずっと側にいて欲しいと口をついて出てきてしまいそうだった。なんとか抑えてはいるけれど、きっと、今だってそうに違いない。
離れる時に、胸を裂かれるような思いをするのだろう。今度こそ、燈馬を困らせることになるのだろう。だから、会わないようにしていたのに。燈馬が会いに来てしまった。
嬉しいのと恨めしいのと、両極端な思いが胸を波立たせ始めた。
こんなのただの逆恨みで、自分が燈馬を求めてしまうのがいけないのに。
……どうして、好きなだけじゃ、こんなにも、足りないんだろう。
切なげに表情が歪むのは自分のせいだと、甘い視線は自分だけのものだと、どうして自惚れて考えてしまうのだろう。
「……好きだったんだ」
綻びから、気持ちが漏れる。
勘違いなんだ、そんなことないんだ、今のままで充分だろうと、ずっと言い聞かせてきた心の堰が、とうとう壊れた。
「……好きだったんだよ。燈馬君の全部が」
ああ、言ってしまった。
これでもう、後戻りは出来ないな、と頭の端で思う。
軽蔑してくれて構わない。友人としての好意に甘えて、こうやって抱きしめて自分の欲求を満たしていたなんて、誰が訊いたって気持ちが悪いだろう。
「会ってしまったら、きっと燈馬君にワガママいっぱい言っちゃう。顔を見たら我慢できなくて困らせちゃう。それが解ってたから、どうしても会えなかった」
言葉と一緒に、涙が落ちる。ぼろぼろと止めどなく。
燈馬は可奈の告白を、そのままの表情で聞いていた。落ち着かせるように優しく背を撫でながら。
「ワガママ、言っていいんですよ」
「言えるわけないじゃん。燈馬君が困るだけだよ」
手で涙を拭いながらふるふると頭を振る可奈を、もう一度、燈馬は強く抱きしめた。
狡い、と自分自身で思う。自分の思いを告げないまま、可奈の気持ちばかりを確認している。だから可奈はこんなにも苦しんでいるというのに。自分の為に。
寄り添って発した熱だけでは、気持ちが伝わらない。どんなに愛しく想っても、伝わらなければ意味が無い。
離れている間に、思いは募り続けていた。恋心というものは、自覚をするとどうして欲が出てきてしまうのだろう。声を聞きたい、会いたい、触れたい、誰よりも側に居たい。際限なくエスカレートしていき、止まることを知らない。
記憶の中の可奈は、くるくると表情を変える。そのどれもが思い浮かべると胸に暖かい感触を残す。時折我慢できなくなるほど切なくなった時などはメールをしたり、電話をしたりする。けれど迷惑にならないよう、必要最低限に。欲望ばかりが胸に燻ったまま。諦めようと蓋をして。
諦められるものでもないのに。
衝動だけで会いに来て、無意識に手を伸ばしてしまうくらいなのに。
「僕もワガママを言います。……聞かせて下さい。水原さんの望みが知りたいです」
可奈のワガママが自分を縛るものだといい、と思う。可奈が罪悪感を抱いて口にしないくらいだ。そんなに想われているのであればこれ以上のことはない。
自分だけのために隠してきた欲望を見せる。綺麗事しか見せなかった姿が汚れていく。そう思うだけで気分が昂揚していく。……なんて悪趣味なんだろう。狡くて悪趣味なんて救いようがないじゃないか。
けれど、汚れるのは可奈だけではない。燈馬自身も、同じ欲望を抱えていると自覚している。きっとお互いが望むものは、同じものなのだと理解している。
それには、狡いままではいてはいけない。同じものを抱えているよ、と可奈に言う必要がある。
我慢なんてしなくていいと、背中を押すために。
「水原さんが、好きですから」
可奈が息を飲むのが聞こえた。
涙はまだ止まらないようだ。しゃくり上げる度に、身体が跳ねている。
「やだ……私が何のために」
我慢して諦めようとしてるんだ、と言いかけた口が、燈馬の口によって塞がれた。
触れた唇は熱を帯びる。可奈の言葉もすべて溶かしてしまうように。
唇を押しつけられただけのキスだったが、可奈は抗議の言葉を失ってしまった。
向けられたまなざしが雄弁に語る。先程の燈馬の言葉は嘘では無いと。だから問いに答えて欲しいと。
「……ずっと……一緒にいたかった……」
自分の胸の中、燻っている黒い部分も晒し出す。
こんなこと願っちゃいけないと解っているけれど、落胆されたくないと思っていたけれど、捨てられなかった願望。ひたひたと黒いものが心の奥を浸していく。相手の気持ちなんて思いやらない、自分勝手な乱暴な感情。
「はい」
燈馬は、そんな戸惑いながら口にする可奈に、何ら特別なことでもないように返事をする。
可奈の思う気持ちは、自分自身も同じように持っている物だ。同じ気持ちを共有している。それだけで、嬉しいと思ってしまう。相手が愛しくてどこまでも欲してしまうなら、二人で堕ちるところまで堕ちたって構わない。相手のために闇に塗れるのなんて厭わない。
「もう遠くに行っちゃやだ」
「はい」
「このまま、ここにいて……ずっと抱きしめててよ……」
「はい」
「……嘘つき。出来ないくせに」
切な願いを口にしているのに、燈馬はずっと嬉しそうな声で返事しか返さない。
本気で叶える気なんて無いくせに、どうしてそんなに軽々しく口に出来るんだろう。
出来っこないのだ。
そもそも、自分と数学を天秤にかけて自分を選ぶはずが無い。選ばせたいとも思わない。そんな馬鹿げた事を言いたくなかった。燈馬にとっての数学は生きる道であって自分はただの通過点に過ぎないはずだから。
ワガママを言ったところで叶わないのは、もう解りきっているのに。
「出来ますよそれくらい。見くびられては困ります。水原さんのワガママを叶えない事なんてありましたか?」
噛みしめるように呟いた言葉に、燈馬はまた、明るい声で答える。返す言葉がすぐに出ず、跳ねるように顔を上げ睨み付けようとした可奈を、燈馬は優しい、満面の笑みで向かい受けた。
「水原さんが僕を望んでくれるなら、僕を全部あげますよ」
言いながら、泣き濡れた頬を両手で取り、拗ねたような表情で固まったままの顔のそこここに口づけていく。付けられる度に、戸惑いながら可奈の表情が和らいでいった。
「だから、水原さんを僕に下さい」
もう一度、視線を合わせる。嘘なんてついてない、信じて欲しいという真っ直ぐな視線。
その強い力に当てられて、もやもや考えていた事が霧散していく。
「……いいの?」
掠れる声で、可奈は訊いた。
叶うことなんてないと諦めていたのに。
期待なんてしてはいけないと、我慢していたのに。
燈馬はくすりと笑い、答える代わりに可奈の吐息に唇を重ねた。
最初は触れるだけ。熱を交わすうちに次第に深度を増すそれを、可奈は拒みはしなかった。
合間合間に零れる吐息が甘くて、頭にもやが掛かっていく。徐々に力が抜けていく身体を、燈馬は引き寄せてさらに深く求めた。
胸に炎が灯るよう。身体の内から外から与えられる熱に可奈が思わずふるりと一つ身震いすると、名残惜しげに唇同士が離れて行った。
そっと艶やかな黒髪に手を伸ばし、髪を梳きながら可奈は微笑んだ。
くすぐったそうに目を細めるのを、満足げに見つめながら。
元々、可奈がどんなに頭を使ったって、燈馬の導き出す理論には敵わないのだ。ぐちぐちと理屈を並べて言い訳ばかり考えているなんてらしくない。燈馬が言うなら大丈夫。きっと、本当に何とかしてしまうのだろう。
熱っぽく濡れた視線を見上げながら、可奈は一つ、吐息をついた。
「私を、あげる」
燈馬に望まれているのであれば。自分全てを差し出せる。
自分が言い出したくせに、燈馬は僅かに目を見開いた。つい先程、その口から出たことを、ただなぞっているだけなのに。
「だから、燈馬君を私に頂戴」
多分、その先程とは取れる意味合いが若干違う。けれど根幹は同じであり、どう取られていても問題はない、と可奈は思った。
我ながら柄にも無く大胆な事を言っているなぁ、と頭の端で客観的につっこみを入れる。それでも、きっと、燈馬なら悪いようにはしないだろう。
笑いながら嬉しそうに燈馬が頬を寄せてくる。
少しだけ落ち着いたはずの動機が、熱が、また跳ね上がる。
今更ながら、口に出した言葉のタイミングを見誤ったことを後悔をする。ほんの少しの時間でいいから、心構えをする余裕を取れば良かった。そうは思っても、後の祭だった。
急に落ち着かない動きを始めた可奈の身体を、燈馬は逃がさないとでも言うように絡め取る。
我に返って恥ずかしいのであれば、返る余裕を与えなければいいだけの事。もう可奈自身が許可を出したのだから何も問題がないだろう。あったとしても、もう止める気はない。もう可奈を手放す後悔を、したくなかった。
ここからもう一度、関係を作り始めればいいのだ。
ああかもしれない、こうかもしれないとお互いに勝手に疑心暗鬼になって雁字搦めにしてしまったのであれば、すべてを忘れて、まずここから。お互いが好きだと想う気持ちから生まれるものは、あるはずなのだから。
「仰せのままに」
耳元にそう一言呟いて、燈馬は可奈の首元に頭を埋めた。
ちくりと走る痛みと未知の感覚にどう対応したらいいのか解らないまま、可奈は燈馬の背に、小さく爪を立てた。
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