This drunkard!⑤
おわったぁぁぁぁぁぁぁ!!
ようやっと完結致しました。
お待たせいたしました。
酔っぱらいパートと朝パートを織り交ぜたものにしよう!という思いつきのせいで、それぞれを書く際に何度も何度も見直すという手間がかかり、それはもう、面倒くさかったです……
でも、楽しかったです。
とくによっぱらいパートは(ぽそり)
作品冒頭だけ妙ちきりんにえろっぽいのでえろ詐欺になってしまいました。
……だってしてるとこまで書いたらこっちにUPできないしそもそも遠雷と違ってなんかノリノリだから本当ただの官能小説風に……げふんげふん
もっと甘甘な話が書けるようになれればいいなぁ。
精進シマス!
「そういう行為をすれば、たどり着くのはどんな結果か、なんて簡単に想像できる」
昨日とさほど変わらない目線と距離なのに、血が凍ってしまったかのように指先が冷たくて寒いな、と可奈は自覚した。自分で震えるのが解るくらいだ。
ぎゅ、と握り込んでも、感覚が伝わっている気がせず、爪を立てた。
肩に置かれた想の手だけが、熱い。
与えられる熱は、心地よくて。
でも、焼けるように、痛くて。
正反対にせめぎ合う、自分の心が、ずきずきと疼いた。
震える肩を押さえ、視線を逸らすこともせず。
想は、可奈の自傷的な言葉を聴いていた。
『燈馬君のせいじゃないじゃない』
『私が、……迫ったんじゃない』
そう仕向けたのは、僕だ。
断る体を装って、はっきり拒絶をしなかった。
迫られたと言っても、逃げることも出来たはずだ。
甘言にさえ、酔わずにいれば。
もっと、強く気を持っていれば。
自分で自分を責めてみたところで、溢れたミルクは戻らない。
そんなことは解りきっている。
ならば、これからどうするのか。
答えは、たった一つしかないのに。
可奈は、その結論を、拒絶しようとしている。
男性が受けるべき責めを、自らが被ろうとしている。
震えるくらい、怖いのだろうに。
今にも泣きそうに濡れた双眸が苦しげに揺れている。
どうしたら、彼女の苦しさを取り除いてあげられるのだろうか?と、想は何度も何度も自分自身に問いかけるが、答えが見つからなかった。
「……たかが一回、しちゃっただけじゃない?」
沈黙に耐え切れず、可奈は、吐き出すように呟いた。
出来るだけ普通を装ったつもりだったが、変に上擦ってしまい、気持ちの悪い余韻を耳に残した。
言う途中、想の刺すように真っ直ぐ見つめる目が怖くなり、握り込んだ手先に視線を落とす。
目の淵を熱い物が伝う。
決壊しないよう、瞬きをしてなんとか堪える。
自分で言っててイヤになる。
自分にとっては、たかがの一言で済まされることではないのに。
可奈は、再認識した自分の気持ちを、無理矢理に仕舞い込む。
そうしなければ、きっと今まで通りに戻れない。
「妊娠とか、そういうの、したわけじゃなくてさ。いい大人が、お酒で失敗して、こういうことしちゃった。それだけじゃない?」
なんてことない、ただの失敗だ。
自分に言い聞かせるように、理由を後付けする。
言葉を一つ一つ発するだけで、胸が痛くなる。
でも、紛れもない事実だ。
事実は事実として受け入れなけれはいけない。
そこには、感情なんてなかったんだ。
「そんな言い方は……」
「だって、ホント、それだけなんだよ?」
想の声を聞き、涙声になりそうなのを、既のところで堪えて、飲み込む。
ぽたり、ぽたりと溢れた雫が、手元に落ちた。
怒気を若干孕んだ声に怯えつつ、でも、勇気をなんとか奮い立たせる。
この、目の前の男は、私に甘すぎる。
だから、私が、きちんと舵取りをしないといけない。
でなければ。
甘やかされた私は、調子に乗ってしまう。
燈馬君の気持ちなんて関係なしに。
一つ、大きく深呼吸をする。
まだ見据える勇気は出ないから、そのまま、白くなった指先を見続けた。
「嫌なんだよ、責任って言葉で雁字搦めにすんの。私はまだ、燈馬君と対等でいたいんだよ」
これは、建前や理由付けではなく、正直な気持ちだった。
想が、好きだ。
友達としてだけでなく。
かけがえのない、大切な、存在だ。
対等であればこそ、ずけずけとお互いのテリトリーに入れたし、こんなにも居心地が良かったんだ。
この均衡がこんな事で崩れてしまえば、適度に保っていた二人の間に線が引かれる。
負い目という、線。
隔てられたら、もう元には戻れない。
今までとは、どうやったって接し方が変わってしまう。
想も、自分も。
それが、可奈はたまらなく怖かった。
「責任とか、義務とか、そんな重い物を一方的に背負う必要なんかどこにも無い。燈馬君も私も失敗した。両方が悪い、だから、両方が反省して終わり。それでいいじゃない」
心臓が重く、痛い。
動悸が針を刺すように感じる。
息苦しく、身体が収縮している。
思っていることを吐き出しても、その後に下される結論が、多分揺るがないことは理解している。
それが、燈馬想だ。
それでも、藁にも縋る思いで祈る。
どうか、どうか。
「だから、忘れてよ。お願い。私も、私の痴態を忘れる努力をする……」
私たちの関係が。
距離感が。
罪悪感なんていう安っぽい言葉に飲み込まれませんように。
「そんなの。……忘れられる訳、無いじゃないですか」
声を荒げることなく、静かに、想は可奈の身体を両腕で抱きしめた。
びくり、と可奈の肩が跳ねたが、構わずぎゅっと力を込めた。
なんて、一方的で自分勝手な話だろう。
こちらの気持ちなんて、一切無視して。
全てをなかったことにして、元通りになろう、なんて。
そんなの、残酷だ。
「水原さんはお酒のせいの一夜の過ちだと思ってるみたいですけど。……僕は、嬉しかったんです」
可奈は勘違いをしている。
一切の感情なんてなくて、ただ本能的に、関係を持ってしまったんだと思い込んでいる。そんな訳ないのに。
俯いていた顔をそっと掬い上げると、泣き濡れた頬が目に入る。驚いたままの表情で固まっていた顔を指の腹で拭うと、可奈は反射的に目を細めた。
「水原さんが、僕を……求めてくれるのが、嬉しかったんです」
可奈が閉じた目を改めて開くと、ぼんやりと、悲痛な表情が映った。
嬉しかったという言葉とは裏腹の、苦々しい顔。
それは、一番見たくなかった顔だ。
自らを責める顔だ。
「僕自身に興味がある訳ではないのは、判ってました。だけど、僕はそこに付け込んで、あなたを抱きました。それは紛れもない事実です。責められるべきです」
どうして、解ってくれないんだろう。
胸中を苛むもやもやとしたものが、痛くて重かった。
「責める気なんてないよ。私が、」
「責めて欲しい、というのは。僕のエゴです」
痛みに耐えきれなかった可奈の反論に、想は重ねるように割って入った。
「責めるか否かは、水原さん自身が決めることであって、僕がどうこう言う筋合いの無いものです」
そう、エゴなんだ。
先程の可奈の言い分が一方的で自分勝手なら。
この考えだって、一方的で自分勝手な話だ。
このままの距離感を望んでいる可奈にとって、自分の考えは受け入れ難いだろう。
それでも。
どうしても。
想は退けなかった。
「ただ……僕は、たとえどう思われても、水原さんと一緒に居たいんです……伴侶として」
いつからだったかは、覚えてはいない。
けれど、片手では収まらない年月の間、想は可奈に片思いをしていた。
本当はもっと長いかもしれないが、自覚して過ごしたのはこの数年だ。
生活が変わり、お互いに大人になり、取り巻く環境が変わり。
学生時代はいつも一緒にいたのが、用事のある時と可奈の気が向いたときだけ会う、というぐらいになり。
会ってする話と言えば、仕事の話や他愛もない世間話。
異性の名が出れば、その都度ずきん、と痛みを感じる。
自分の気持ちに気がついたのは、そんな会話の端々で感じる痛みの頻度に、気がついた時からだった。
気持ちに気付いたところでどうするわけでもなく。
今まで通りに、会って話をして、一緒に出かけたりして過ごす日々。
全面的に、友人として信頼されている自覚があった。
それ以上は望む必要はないのではないかというくらい、全部を預けてくれている、という実感があった。
だから、あえて踏み込むことはしなかった。
踏み込んで壊すことは、怖かった。
居心地のいいぬるま湯の中にいる現状に、満足している、と思っていた。
自覚してしまえば、どんどん深みに填って行くとも知らずに。
無防備で、無自覚で、それでいて、真っ直ぐな信頼を寄せる背中を、何度掻き抱きたいと思ったか知れない。
手を伸ばせば届いてしまうくらいに、あまりにも近すぎる距離がもどかしくて、何度胸を焼いたか知れない。
年を重ねれば重ねるほどに、澱んだ思いは蓄積されていく。
恋焦がれる、という綺麗な感情ではない。
これは、ただの欲望だ。
明るく無邪気に笑う可奈の隣に座りながら、自分はこの重たく沈殿した気持ちを抱えて、微笑む。
なんて、滑稽で、不格好で、惨めだろう。
捨て去ろうと努力をしても、いつの間にか湧き出してくる。
「僕は狡いんです。こうして、抱いてしまえば責任という大義名分で、あなたを縛れると考えてしまいました。水原さんは、逆に縛りたくない、と気遣ってくれるというのに」
アルコールが入ったせい、なんていうのはただのきっかけに過ぎない。
どろりとした欲望が、溢れ出すのを止められなかった。
そのせいで、可奈を最悪の形で傷つけてしまった。
「罵ってくれて、構いません」
「罵る訳、ないじゃん……」
可奈はこつん、と、額に額を寄せた。
「……責任とらせたくないとか、大義名分だよ。私だって……」
想とこのまま、ぎくしゃくしたくないだけだ。
すとんと、自分の気持ちが腹に落ちた。
想が抱えているのは、負い目ではない。
独占欲だ。
自分が怯えていた、関係の上下をつけるものではない。
それなら、何も怖がることなんてない。
むしろ。
想が、そんなにも想ってくれていたという事が純粋に嬉しかった。
そんな素振りなんて、今まで感じたことはなかった。
あまりにも、今までがいつも通りで。
可奈が調子に乗って、想が仕方がないですね、と笑う。
二人でいるときは代わり映えのない、だけど楽しいやりとりをしていた。
それは、どんなにか気を遣う作業だっただろう。
恋心を自覚した瞬間から、可奈も独占欲のようなものがずっと渦巻いていた。
もうこれで、想をずっと繋ぎ止められる、といった思いが腹の底に湧いていた。
気持ちの悪い状態で、ずっと考えないようにするのは並大抵じゃない。
それを、想は、今までずっとやってきたのかと思うと。
愛しくて愛しくて、暖かさで胸がいっぱいになる。
「好きでもない相手と、興味本位だけであんなこと、お酒飲んでたってしないよ」
ちょっと前まで自分でも自分の気持ちがわからなかったのに、偉そうに。
心の底で自分につっこみを入れるが、跳ねる気持ちは変わらない。
気持ちのまま、腕を首に回し首元に頭を埋めてみると、とくんとくんと想の鼓動が聞こえた。さぁっと耳元を流れる自分の血流の音も、重なって聞こえる。
「燈馬君、ちゃんと言ってよ。酔っぱらった状態で、譫言みたいに言うんじゃなく、責任だとかどうだとか建前でなく。そしたら」
私も、ちゃんと気持ちを伝えられるから。
言葉にせずに、頬擦りをした。
背中に回された腕に力が篭った。
距離なんてもうない。
もう、線を引く余地さえない。
それでいい。
それが、いい。
「水原さん」
そっと、想が呼びかけた。
優しくて、甘い声だ。
昨晩聞いた声より、ずっとずっと、好きな声だ。
余韻に浸っていたくて、ん?と、可奈はわざとそっけなく返事をした。
鼻で笑う声がする。
そんなことは、お見通しだとでもいうように。
「……愛しています」
「……ん、私も。私も大好きだよ」
身体の熱が、溶け込むようだ、と抱きながら思う。
いつまでも離したくなくて、名残惜しい。
それでも、相手の顔がどうしても見たくなり、そっと身体を引き離す。
引き離して、顔を見合わせると。
はにかむような、照れくさそうな、優しい笑顔をお互いに確認した。
愛しいやら、可愛いやら、色々な気持ちが渦巻いて。
どちらともなく、何故か吹き出し、大笑いを始めてしまった。
さっきまで、お互いに深刻に悩んでいたのに。
余計に、それが可笑しく感じた。
一頻り笑い合って、体の震えが収まった頃。
二人は、酔ってもふざけても興味本位でもノーカウントでもない。
正真正銘の、最初のキスをした。
了
おまけ。
「あ、だけど昨日のことは早急に忘れて、それはお願い」
「なんでですか?」
「恥ずかしいの!」
「無理ですよ、あんなに可愛い水原さん、忘れられません」
「可愛いとか言うな。ホントに! ホントに恥ずかしいから忘れてよ! 私別にああいう事すんの好きってワケじゃないんだからね」
「そうなんですか?」
「そうなの!」
「僕は、好きですけど」
「……さらっと爆弾発言すんのやめてよ」
「水原さんに触れるんですから。水原さんの声が聞けるんですから。こんなに幸せなものは無いと思います。水原さんは、もう嫌になりました?」
「……………………嫌じゃ、ない」
「じゃあ、水原さんが回復したら、記憶の上書きしますか?」
「……もう、燈馬君の好きにしていいよ……」
ようやっと完結致しました。
お待たせいたしました。
酔っぱらいパートと朝パートを織り交ぜたものにしよう!という思いつきのせいで、それぞれを書く際に何度も何度も見直すという手間がかかり、それはもう、面倒くさかったです……
でも、楽しかったです。
とくによっぱらいパートは(ぽそり)
作品冒頭だけ妙ちきりんにえろっぽいのでえろ詐欺になってしまいました。
……だってしてるとこまで書いたらこっちにUPできないしそもそも遠雷と違ってなんかノリノリだから本当ただの官能小説風に……げふんげふん
もっと甘甘な話が書けるようになれればいいなぁ。
精進シマス!
「そういう行為をすれば、たどり着くのはどんな結果か、なんて簡単に想像できる」
昨日とさほど変わらない目線と距離なのに、血が凍ってしまったかのように指先が冷たくて寒いな、と可奈は自覚した。自分で震えるのが解るくらいだ。
ぎゅ、と握り込んでも、感覚が伝わっている気がせず、爪を立てた。
肩に置かれた想の手だけが、熱い。
与えられる熱は、心地よくて。
でも、焼けるように、痛くて。
正反対にせめぎ合う、自分の心が、ずきずきと疼いた。
震える肩を押さえ、視線を逸らすこともせず。
想は、可奈の自傷的な言葉を聴いていた。
『燈馬君のせいじゃないじゃない』
『私が、……迫ったんじゃない』
そう仕向けたのは、僕だ。
断る体を装って、はっきり拒絶をしなかった。
迫られたと言っても、逃げることも出来たはずだ。
甘言にさえ、酔わずにいれば。
もっと、強く気を持っていれば。
自分で自分を責めてみたところで、溢れたミルクは戻らない。
そんなことは解りきっている。
ならば、これからどうするのか。
答えは、たった一つしかないのに。
可奈は、その結論を、拒絶しようとしている。
男性が受けるべき責めを、自らが被ろうとしている。
震えるくらい、怖いのだろうに。
今にも泣きそうに濡れた双眸が苦しげに揺れている。
どうしたら、彼女の苦しさを取り除いてあげられるのだろうか?と、想は何度も何度も自分自身に問いかけるが、答えが見つからなかった。
「……たかが一回、しちゃっただけじゃない?」
沈黙に耐え切れず、可奈は、吐き出すように呟いた。
出来るだけ普通を装ったつもりだったが、変に上擦ってしまい、気持ちの悪い余韻を耳に残した。
言う途中、想の刺すように真っ直ぐ見つめる目が怖くなり、握り込んだ手先に視線を落とす。
目の淵を熱い物が伝う。
決壊しないよう、瞬きをしてなんとか堪える。
自分で言っててイヤになる。
自分にとっては、たかがの一言で済まされることではないのに。
可奈は、再認識した自分の気持ちを、無理矢理に仕舞い込む。
そうしなければ、きっと今まで通りに戻れない。
「妊娠とか、そういうの、したわけじゃなくてさ。いい大人が、お酒で失敗して、こういうことしちゃった。それだけじゃない?」
なんてことない、ただの失敗だ。
自分に言い聞かせるように、理由を後付けする。
言葉を一つ一つ発するだけで、胸が痛くなる。
でも、紛れもない事実だ。
事実は事実として受け入れなけれはいけない。
そこには、感情なんてなかったんだ。
「そんな言い方は……」
「だって、ホント、それだけなんだよ?」
想の声を聞き、涙声になりそうなのを、既のところで堪えて、飲み込む。
ぽたり、ぽたりと溢れた雫が、手元に落ちた。
怒気を若干孕んだ声に怯えつつ、でも、勇気をなんとか奮い立たせる。
この、目の前の男は、私に甘すぎる。
だから、私が、きちんと舵取りをしないといけない。
でなければ。
甘やかされた私は、調子に乗ってしまう。
燈馬君の気持ちなんて関係なしに。
一つ、大きく深呼吸をする。
まだ見据える勇気は出ないから、そのまま、白くなった指先を見続けた。
「嫌なんだよ、責任って言葉で雁字搦めにすんの。私はまだ、燈馬君と対等でいたいんだよ」
これは、建前や理由付けではなく、正直な気持ちだった。
想が、好きだ。
友達としてだけでなく。
かけがえのない、大切な、存在だ。
対等であればこそ、ずけずけとお互いのテリトリーに入れたし、こんなにも居心地が良かったんだ。
この均衡がこんな事で崩れてしまえば、適度に保っていた二人の間に線が引かれる。
負い目という、線。
隔てられたら、もう元には戻れない。
今までとは、どうやったって接し方が変わってしまう。
想も、自分も。
それが、可奈はたまらなく怖かった。
「責任とか、義務とか、そんな重い物を一方的に背負う必要なんかどこにも無い。燈馬君も私も失敗した。両方が悪い、だから、両方が反省して終わり。それでいいじゃない」
心臓が重く、痛い。
動悸が針を刺すように感じる。
息苦しく、身体が収縮している。
思っていることを吐き出しても、その後に下される結論が、多分揺るがないことは理解している。
それが、燈馬想だ。
それでも、藁にも縋る思いで祈る。
どうか、どうか。
「だから、忘れてよ。お願い。私も、私の痴態を忘れる努力をする……」
私たちの関係が。
距離感が。
罪悪感なんていう安っぽい言葉に飲み込まれませんように。
「そんなの。……忘れられる訳、無いじゃないですか」
声を荒げることなく、静かに、想は可奈の身体を両腕で抱きしめた。
びくり、と可奈の肩が跳ねたが、構わずぎゅっと力を込めた。
なんて、一方的で自分勝手な話だろう。
こちらの気持ちなんて、一切無視して。
全てをなかったことにして、元通りになろう、なんて。
そんなの、残酷だ。
「水原さんはお酒のせいの一夜の過ちだと思ってるみたいですけど。……僕は、嬉しかったんです」
可奈は勘違いをしている。
一切の感情なんてなくて、ただ本能的に、関係を持ってしまったんだと思い込んでいる。そんな訳ないのに。
俯いていた顔をそっと掬い上げると、泣き濡れた頬が目に入る。驚いたままの表情で固まっていた顔を指の腹で拭うと、可奈は反射的に目を細めた。
「水原さんが、僕を……求めてくれるのが、嬉しかったんです」
可奈が閉じた目を改めて開くと、ぼんやりと、悲痛な表情が映った。
嬉しかったという言葉とは裏腹の、苦々しい顔。
それは、一番見たくなかった顔だ。
自らを責める顔だ。
「僕自身に興味がある訳ではないのは、判ってました。だけど、僕はそこに付け込んで、あなたを抱きました。それは紛れもない事実です。責められるべきです」
どうして、解ってくれないんだろう。
胸中を苛むもやもやとしたものが、痛くて重かった。
「責める気なんてないよ。私が、」
「責めて欲しい、というのは。僕のエゴです」
痛みに耐えきれなかった可奈の反論に、想は重ねるように割って入った。
「責めるか否かは、水原さん自身が決めることであって、僕がどうこう言う筋合いの無いものです」
そう、エゴなんだ。
先程の可奈の言い分が一方的で自分勝手なら。
この考えだって、一方的で自分勝手な話だ。
このままの距離感を望んでいる可奈にとって、自分の考えは受け入れ難いだろう。
それでも。
どうしても。
想は退けなかった。
「ただ……僕は、たとえどう思われても、水原さんと一緒に居たいんです……伴侶として」
いつからだったかは、覚えてはいない。
けれど、片手では収まらない年月の間、想は可奈に片思いをしていた。
本当はもっと長いかもしれないが、自覚して過ごしたのはこの数年だ。
生活が変わり、お互いに大人になり、取り巻く環境が変わり。
学生時代はいつも一緒にいたのが、用事のある時と可奈の気が向いたときだけ会う、というぐらいになり。
会ってする話と言えば、仕事の話や他愛もない世間話。
異性の名が出れば、その都度ずきん、と痛みを感じる。
自分の気持ちに気がついたのは、そんな会話の端々で感じる痛みの頻度に、気がついた時からだった。
気持ちに気付いたところでどうするわけでもなく。
今まで通りに、会って話をして、一緒に出かけたりして過ごす日々。
全面的に、友人として信頼されている自覚があった。
それ以上は望む必要はないのではないかというくらい、全部を預けてくれている、という実感があった。
だから、あえて踏み込むことはしなかった。
踏み込んで壊すことは、怖かった。
居心地のいいぬるま湯の中にいる現状に、満足している、と思っていた。
自覚してしまえば、どんどん深みに填って行くとも知らずに。
無防備で、無自覚で、それでいて、真っ直ぐな信頼を寄せる背中を、何度掻き抱きたいと思ったか知れない。
手を伸ばせば届いてしまうくらいに、あまりにも近すぎる距離がもどかしくて、何度胸を焼いたか知れない。
年を重ねれば重ねるほどに、澱んだ思いは蓄積されていく。
恋焦がれる、という綺麗な感情ではない。
これは、ただの欲望だ。
明るく無邪気に笑う可奈の隣に座りながら、自分はこの重たく沈殿した気持ちを抱えて、微笑む。
なんて、滑稽で、不格好で、惨めだろう。
捨て去ろうと努力をしても、いつの間にか湧き出してくる。
「僕は狡いんです。こうして、抱いてしまえば責任という大義名分で、あなたを縛れると考えてしまいました。水原さんは、逆に縛りたくない、と気遣ってくれるというのに」
アルコールが入ったせい、なんていうのはただのきっかけに過ぎない。
どろりとした欲望が、溢れ出すのを止められなかった。
そのせいで、可奈を最悪の形で傷つけてしまった。
「罵ってくれて、構いません」
「罵る訳、ないじゃん……」
可奈はこつん、と、額に額を寄せた。
「……責任とらせたくないとか、大義名分だよ。私だって……」
想とこのまま、ぎくしゃくしたくないだけだ。
すとんと、自分の気持ちが腹に落ちた。
想が抱えているのは、負い目ではない。
独占欲だ。
自分が怯えていた、関係の上下をつけるものではない。
それなら、何も怖がることなんてない。
むしろ。
想が、そんなにも想ってくれていたという事が純粋に嬉しかった。
そんな素振りなんて、今まで感じたことはなかった。
あまりにも、今までがいつも通りで。
可奈が調子に乗って、想が仕方がないですね、と笑う。
二人でいるときは代わり映えのない、だけど楽しいやりとりをしていた。
それは、どんなにか気を遣う作業だっただろう。
恋心を自覚した瞬間から、可奈も独占欲のようなものがずっと渦巻いていた。
もうこれで、想をずっと繋ぎ止められる、といった思いが腹の底に湧いていた。
気持ちの悪い状態で、ずっと考えないようにするのは並大抵じゃない。
それを、想は、今までずっとやってきたのかと思うと。
愛しくて愛しくて、暖かさで胸がいっぱいになる。
「好きでもない相手と、興味本位だけであんなこと、お酒飲んでたってしないよ」
ちょっと前まで自分でも自分の気持ちがわからなかったのに、偉そうに。
心の底で自分につっこみを入れるが、跳ねる気持ちは変わらない。
気持ちのまま、腕を首に回し首元に頭を埋めてみると、とくんとくんと想の鼓動が聞こえた。さぁっと耳元を流れる自分の血流の音も、重なって聞こえる。
「燈馬君、ちゃんと言ってよ。酔っぱらった状態で、譫言みたいに言うんじゃなく、責任だとかどうだとか建前でなく。そしたら」
私も、ちゃんと気持ちを伝えられるから。
言葉にせずに、頬擦りをした。
背中に回された腕に力が篭った。
距離なんてもうない。
もう、線を引く余地さえない。
それでいい。
それが、いい。
「水原さん」
そっと、想が呼びかけた。
優しくて、甘い声だ。
昨晩聞いた声より、ずっとずっと、好きな声だ。
余韻に浸っていたくて、ん?と、可奈はわざとそっけなく返事をした。
鼻で笑う声がする。
そんなことは、お見通しだとでもいうように。
「……愛しています」
「……ん、私も。私も大好きだよ」
身体の熱が、溶け込むようだ、と抱きながら思う。
いつまでも離したくなくて、名残惜しい。
それでも、相手の顔がどうしても見たくなり、そっと身体を引き離す。
引き離して、顔を見合わせると。
はにかむような、照れくさそうな、優しい笑顔をお互いに確認した。
愛しいやら、可愛いやら、色々な気持ちが渦巻いて。
どちらともなく、何故か吹き出し、大笑いを始めてしまった。
さっきまで、お互いに深刻に悩んでいたのに。
余計に、それが可笑しく感じた。
一頻り笑い合って、体の震えが収まった頃。
二人は、酔ってもふざけても興味本位でもノーカウントでもない。
正真正銘の、最初のキスをした。
了
おまけ。
「あ、だけど昨日のことは早急に忘れて、それはお願い」
「なんでですか?」
「恥ずかしいの!」
「無理ですよ、あんなに可愛い水原さん、忘れられません」
「可愛いとか言うな。ホントに! ホントに恥ずかしいから忘れてよ! 私別にああいう事すんの好きってワケじゃないんだからね」
「そうなんですか?」
「そうなの!」
「僕は、好きですけど」
「……さらっと爆弾発言すんのやめてよ」
「水原さんに触れるんですから。水原さんの声が聞けるんですから。こんなに幸せなものは無いと思います。水原さんは、もう嫌になりました?」
「……………………嫌じゃ、ない」
「じゃあ、水原さんが回復したら、記憶の上書きしますか?」
「……もう、燈馬君の好きにしていいよ……」
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