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縺れた糸の解き方 (中)

やっぱり、後編とはいきませんでした……
 そんな気がしたんですよねぇ……

 起承転結の転、結がどうしても長くなってしまうのは、もう仕方ないんですかね力量的に。
 
 
 この後の水原家に挨拶とか書きかけてるけど、もうここがこんなに長いからテンポ的に入れないでラストの方がいいのかなぁと悩みつつ。


 もうちょっとだけ、続きます。




◆◆◆◆
 2学期の終わり。
 雪でも降るんじゃないかというくらい、昼間なのに薄暗くて、寒い帰り道。
 期末テストも終わって浮かれた私に、燈馬君は釘を刺す。
 「これで、あとは受験勉強だけですね。水原さん」
 ぐ、と言葉を詰まらせる私に、彼は仕方ない人ですねと苦笑する。

 「でもさ、とりあえずは、テストも終わったし、ぱーっと打ち上げしようよ!」
 ぱーっと、のところで大きく手を広げる。
 とりあえずは、そんな重苦しい空気でなく、やっと手に入れた開放感を味わいたい。
 「栗よーかんパーティーはいいんですか?」
 横目で燈馬君が、意地悪く笑いながら尋ねる。

 今年も、幹事をやれと周りからうるさくせっつかれている。
 断りたくて仕方が無いけれど、燈馬君を引き合いに出されると、弱い。
 彼氏だもんねぇとからかわれると、ついつい条件反射で違うと言ってしまう。
 そう答えるとじゃあ参加ねと名簿に丸がつく。
 単純なワナに毎年毎年掛かってしまい自己嫌悪に陥るけれど。
 どうしろっていうんだよ。
 面倒くさいなぁ、と重くなる頭を振り、楽しいことに気持ちを傾ける努力をする。
 会場手配とか食べ物とか予算とか。
 そういった桁が一桁大きいものは、考えるのは後回しだ。

 「それはそれとして。これからヒマだったら、燈馬君ち寄っていい?」
 会場費としてタダな、燈馬君のうちを指定する。
 「打ち上げとお礼がてら、美味しいものを作ってしんぜよう。」
 2人きりの打ち上げだ。
 たまに行って作ってあげてるものより、ちょっと手の込んだものを作ってやろう。
 それに、ちょっとしたものを足せば、それなりに打ち上げっぽくなるだろう。
 こういう考え方がもうすでに幹事めいてるな、と気がついて、心の中でため息をつく。
 何がいい?と訊ねると、かなり悩みに悩み抜いた挙句、ロールキャベツがいいかなぁ、と柔らかい笑みをたたえて言った。
 確かに、寒い。
 暖かいものだと、美味しく食べられるだろう。


 二人で帰り道そのままスーパーに寄り、買い物をする。
 買い物カートを燈馬君に持たせて、私は材料を吟味しては投げ込む。
 効率を考えないで材料をその都度言うもんだから、あっちに行ったりこっちに行ったり。
 振り回されるその度に、燈馬君が楽しげに、苦笑う。
 
 寄り添う肩にどきどきするのは、これで何回目だろう。
 楽しそうにカートを押す燈馬君をちょっと見上げるようにして、見る。
 いつの間にか抜かされた身長。
 段々と男性になっていく身体。
 今まで、なんで意識してなかったんだろうなぁと不思議な心持ちになる。
 でも、意識してなかったからこそ、こうやってやってこれたんであって。
 視線を感じたのか、燈馬君がこちらを見て、また笑う。
 ちょっとしたことでも、こうやって笑う姿は、とっても好ましい。

 
 さぁっと、頭に血が上る音を聞く。
 ちょっと、好きだなって思っただけで、体が過剰に反応する。
 すぐに視線を前に戻す。
 恥ずかしすぎる。
 こんな顔、見せられない。






 付けっ放しにしてたテレビから、クリスマスソングが、引っ切り無しに流れる。
 「もう、今年も終わりだね」
 カチャカチャと食器を片付けながら、その音だけ拾う。
 多分、画面では緑と赤の色彩豊かに、巷に広がっている楽しげな空気を表現しているのだろう。
 鈴の音がしゃんしゃんと、それを強調する。

 「今年は二年詣りどうする?」
 洗い物を終えて、手を拭きながらソファに座る燈馬君の隣にどっかり座る。
 隣と言っても、パーソナルスペースくらいは、開いている。
 最近は、話をするときの定位置だったりする。
 正面から向き合うと意味もなくどうしても赤面しがちになるから、それを避けてる意味合いもある。
 その度に手が出そうになるのを必死で堪えるのもなかなかに難しい。
 お互いの身の為だ。

 「去年みたいに香坂さんたちと行くんじゃないんですか?」
 「なんかさ、今年は親と一緒に初詣行って合格祈願とかするからパスだって」
 食後に淹れた紅茶の残りを啜りながら、ため息混じりに言う。
 全く持って受験生とは面倒くさい。
 でも、神頼みしたくなる気持ちになるのも重々承知してる。
 かくいう自分だって縋りたくて仕方ない。
 でも、そういうことを言うと隣のコイツはそれよりもきちんと勉強した方が、とか空気も考えずに口に出すんだろうな、と安易に想像できる。
 「他のやつらも似たり寄ったりでさ。 ……燈馬君、二人だけで行っちゃおうか」
 深く考えず、口にする。
 行くとか行かないとか、ドタキャンされたりだとか、そういったものに気を揉むよりかは、こうやっていつも通りに、二人で過ごすほうが楽しい。
 正直、それくらいしか考えてなかった。


 「水原さん」
 呼ばれて、燈馬君を見る。

 最近は燈馬君も察したのか、目を直接合わせることは無かった。
 だからといって面と向かって離さなくなったわけではなくて、微妙に視線をずらす感じ。
 昔、燈馬君に教えてもらった、人と会話するときにする、目線だった。

 それが、今は真っ直ぐこちらを見つめている。
 心臓に突き刺さるくらいの真剣さで。

 そんな視線を至近距離から受けた私は、殴りだしそうな体を抑えるためにぎゅっと手を握りこむ。
 耳まで真っ赤になってるだろうことは、当たり前に自覚している。
 面映くて空いてしまいそうな唇をきゅっと引き結ぶ。
 変な顔になってなきゃいいな、と今更ながらに心配した。


「僕のこと、好きですか?」
 唐突に、燈馬くんが、訪ねる。
 いきなりそんなことを口走るもんだから、驚いて数秒思考が停止する。
 「な……何よ、唐突に」
 明らかに、私の声には狼狽が浮かぶ。
 
 「僕、水原さんのこと、好きです」
 視線は動かないまま。
 真っ直ぐな眼差しに射抜かれる。
 
 「ずっと好きでした」
 言って、柔らかく瞳が微笑む。


 その変化に、息を呑んだ。








 きしりと、ソファの軋む音を聞く。
 距離を詰められた目の前には、燈馬君。
 頬に寄せられた手は熱くて。
 でも、私自身も火照って仕方が無くて。

 心音がばくばくと煩く耳を刻む。
 吐息がかかるくらい近くに、燈馬君を感じる。
 目を閉じようとしたその時に。



 私は、急に怖くなった。



 怖くなって。




 逃げた。



◆◆◆◆



 燈馬君ちに、今日も足を運んだ。
 いつもと違うのはただ一点。
 玄関が、開いていた。


 そっと、そこから中に入る。
 一月そこらしか経っていないのに、空気の香りがひどく懐かしく感じる。
 けれど、そこから見える景色は、見知った室内ではなかった。

 家具も、あれだけあった本の山も、パソコンも、なにもかも、広い室内には見あたらなかった。
 がらんとした薄暗い空間に飲み込まれそうで、私の足は竦んだ。

 何もない室内は、あまりにも広かった。
 私がいつも寝転んでいたラグも、燈馬君が転寝してたソファも、見てるうちになんとなく愛着が湧いて来た標本も、初めて来た時に使った衝立ても、お気に入りだって言ってた座椅子も、いつも燈馬君がにらめっこしてたパソコンも机も、よく足を引っ掛けて転びかけた電気スタンドも、勝手に持ち込んで飽きれたり文句言いながらも結局世話してくれた観葉植物も。
 記憶の中では、どこにどうあったかまで思い出せるのに、その場所はただの闇色の空間になっていた。
 微かに、ここに物があったよ、と主張するのは、床に残るへこみだけ。

 この場所には、生の気配が一つもない。

 燈馬くんも、もう、ここにはいない?
 想像も覚悟もしていなかった背筋が凍る。
 心臓が動くたび、針で刺されるような痛さを持つ。
 痛すぎて、気持ちが悪い。

 いやだ、
 いやだ、
 いやだ。

 まだ、伝えてないことがあるのに。

 叫び出しそうな衝動に駆られるのを必死で堪えて、奥に進む。
 風呂場、キッチン、と見回るが、やはり居ない。
 あと見ていないのは、一番奥の寝室だ。

 寝室の戸を、そっと開ける。
 居なかったらどうしよう。
 不安で不安で泣きそうだ。


 手を掛けた隙間から、明かりが漏れた。
 その明るさに安堵し、ほっとしたからか、涙が零れ落ちそうになる。
 ごしごしと目をこすり、霞む目が、室内の燈馬君の背中をゆっくり捉える。


 気がついたら、部屋に駆け込んで勢いのまま抱きついていた。
 一ヶ月ぶりの、燈馬君の姿。
 香り。
 温かさ。
 柔らかさ。
 全部。
 全部。
 私が、ずっと欲していたもの。
 触れることが出来て、胸が一杯になる。

 腕の中の燈馬君は、震えていた。
 緊張しているのが、腕から伝わる。
 腕に手を伸ばし、引き離そうとするのを必死で堪えて、私はさらに離してなるものかと、ぎゅっと体を寄せる。

 「ごめん」
 くぐもった声で、まず謝る。
 それでも、なんとか体を離そうともがくので、燈馬君の頬に、自分の頬を寄せて再度ごめん、と声をかける。
 積まれた衣類が倒れているのを、肩越しに見る。
 この衣類が詰め終わっていたら、もしかしたらこの場にはもういなかったかもしれない。
 間に合ったことに素直に感謝する。
 神様に。

 「ごめん……私、燈馬君を傷つけた……本当に、ごめんなさい」
 懺悔のように呟くと、腕の力が抜けた。
 私の腕に添えられるくらいで落ち着いている。
 しんとする冷たい空気の中で、触れた部分だけ暖かい。
 もう、絶対離したくないと、心底、本当に、そう思う。
 腕の中は、震えたまま。
 どうしたら、暖めてあげられるのか解らない。
 

 「……水原さんは、」
 当てた頬が、濡れる。
 はらりはらりと涙が落ちてきた。
 「なにも、悪くないんです。……僕が、関わろうとしたから、迷惑が……」
 今、多分。
 最後に見た、あの心に突き刺さる表情をしているのだろう。

 流れる涙はそのまま落ちる。
 こいつの泣きそうな顔なんて何回か見ているけれど、実際に泣いている場面に立ち会うのは初めてだ。
 「迷惑なんかじゃないんだって」
 言いながら、彼の息を呑むような呼吸につられるように、私も胸がさらに詰まる。


 こいつは、昔、極端に人と深く関わることを怖がっていたはずだった。
 自分が関わるとろくなことにならない、そう言われ続けて育って。
 簡単に、人の考え方が変わるわけはない。


 勘違いしてた。
 淡々と、いろいろな人のいろいろな事を解決する後姿を見て。
 こいつは、もう他人の不用意な一言で傷つくことはないって。
 自分の中に解を持っていれば、どんな突き刺す言葉も、彼の中では意味を無くす。
 そう判ってはいても、私は黙って居られず、何回か激昂したことはある。
 それを気にしたどうかは、本人に訊いたことはないから解らないけれど。

 ただ、一歩引いて、俯瞰で物事を判断する。
 そしてベストな解を導く。
 それが燈馬君。

 でも、それは他人についてだ。



 友達や、肉親や。
 好きな人から。
 拒絶されたらどうなるのか。
 自分の中の解と、相手の中の解が違うことに気がついたらどうするのか。


 それが自分にとってどんなに身を切る選択でも。
 相手の解を尊重して、自分の解は破棄してしまうだろう。
 だって、意見をすり合わせる必要も、主張をする必要も無い。
 完全に出来上がった解そのものが、そこに立っているから。
 それに手を加える力はとてつもない。
 ともすれば、証明できずに徒労で終わるかもしれない。
 傷を広げるだけかもしれない。
 それなら。
 自分の心情なんて一切挟まない。
 Q.E.D.とサラサラ書いて、さっさと結論づけて、そして去る。
 じつに、合理的だ。
 
 きっと、私に対してもそうだったんだろう。


 あの瞬間、怯えていなかったといえば、嘘だ。
 普段とは明らかに違う、狼狽。
 力の篭る、遮る両手。
 別の自分に、別の燈馬君に変わってしまうかもしれない、という恐怖。
 それが、燈馬君には拒絶に思えた。

 それが、燈馬君の中の解と、現実の私の中の解にずれがあると錯覚させた。
 ずれを計算して、計算して。
 きっと、最後まで、本心では解が合ってて欲しいと祈っていたはず。
 そこに、わたしが勘違いさせるとどめを放った。
 『冗談でも、そういう風に言わないでよ』
 それが、最後の証明式となって。
 燈馬君の中に、結論が出た。
 


 わかっていたのに。
 燈馬君がこと対人関係に関してだけは、
 すごく憧れて、
 すごく臆病で、
 諦めるのが早くて、
 傷つきやすいこと。

 私が一番。
 近くにいて知っていたのに。




 わたしの頬を、熱い涙が伝う。
 もう、どっちのものか解らない。
 混じりあった液体は燈馬君の膝に落ち、ぽたりぽたりと染みを作る。
 体が干上がるんじゃないかというその染みの大きさに、人間、こんなに涙を流せるんだな、と素直に感心する。

「私が拒絶したのは……燈馬君のこと、嫌だったわけじゃないんだよ……」
 もう、声がひっくり返って自分でも聞き取りづらい。
 でも、燈馬君は、静かに聞いてくれている。
「私が……私自身が変わっちゃいそうで、……それが……怖かったんだ……」
 嗚咽も混じっている私の声は、ひどく不格好だった。ところどころしゃくりあげる度、そっと頭に手を当てられる。
 触れられているところが暖かくて、胸のつかえが氷解するようだった。
 「ずっと、今まで通りに、居心地のいい関係でいられるのか不安になって、それで、私は怖くなって逃げたんだ……燈馬君が怖くて、逃げたんじゃないよ、わかる?」
 燈馬君は、うん、うん、と頷いて聞いてくれている。
 もう、とめどなく溢れる涙で二人ともびたびただ。
 それでも、微動だにしなかった。
 「……好きだよ……」
 かすれる声で、絞り出す。
 「好きなんだよ……燈馬君……いっちゃ、やだぁ……」

 燈馬君は、ずっと、私が落ち着くまで頭を撫でてくれた。
 嗚咽が聞こえなくなって、拘束が緩くなったからか、わたしの両手にまた手を置き、そっと体を離そうとした。
 私は離れたくなくて力を再度込めたけれど、大丈夫です、と手を握り返してくれたので不本意ながらも身を引いた。
 向きなおり、顔を見る。
 窶れた顔に、泣きはらした目。
 随分と久しぶりに見た、燈馬君の顔。
 きっと、私も同じような顔をしているんだろうと思う。
 ひどく困ったような、曖昧な笑みを、燈馬君は浮かべた。
 
 体の芯は熱いのに、表面は冷えきっていた。
 泣きぬれた頬に手を伸ばすと、氷のよう。
 どちらからともなく身を寄せると、じんわりと触れたところから熱が伝わるようだった。

 「僕も、怖かったんです」
 ぽつり、と燈馬君が言った。
 「水原さんにこうして触れて、また拒絶されるのが」
 幾分か落ち着いた気持ちで、聞く。
 燈馬君の発する熱に、心地よくて瞼が重い。
 「こんなに自分の中で、水原さんという存在が大きくなっていることに気がつきませんでした。 拒絶されただけで、胸に……ぽっかりと穴が開いたような……」
 瞑った目のまま、今度は私が頷く。
 「手放す事には、慣れているはずだったんですけどね……」
 背中をさする様に撫でてくれていた手が、ぎゅ、と力を持ち、抱きしめられた。
 私も、答えるように、力を込める。
 あんなにも、冷たかった全てが。
 いとも簡単に暖められ、融けていく。
 
 ……やっぱり、燈馬君の威力は凄まじい。
 
 「僕も……水原さんの事が、好きです……諦めなくて、いいんですよね」

 「……簡単に諦めんなよ」
 泣きすぎて、しゃがれた声で嘯く。
 すみません、と言おうとした口に、そっと唇で蓋をする。
 あの日私が間違えた選択肢を、答えを、訂正するために。

 証明終了。


 ゆっくりと、唇を離し目を開けると、あのとき見た、柔らかい光を湛える瞳に出会えた。
 なんて、なんて、随分と遠回りをしたんだろう。

 「……本当の解は、解ってたでしょ?」
 「自信なんて、……ありませんでしたから」
 文字通り、苦笑いをするように言う燈馬君の首を、腕で絞める。
 「自分のことを過小評価しすぎなんだよ……もう」
 プロレス技なんて、いつ振りだろうと技を掛けかけるけれど、やっぱり止める。
 改めて、ぎゅっと体を抱きなおす。
 その方が、今はずっとずっと、自然だ。
 「逆に、私が、もう離してやんないんだからな」
 震えない肩の居心地が良過ぎて、本当に、いま口にした言葉通りに、離れがたい。
 こんな幸せな特等席を、手放しなんてするものか。
 どこに逃げたって、絶対見つけてみせる。
 今度は。
 今度こそは絶対、見失わない。
 絶対的な答えを持った私は、もう迷う必要なんてない。


 「僕がアメリカに帰っても、ですか?」
 整理された自分の荷物に視線を落としながら燈馬君が言った。
 なんだ、そんなの。
 「全力で追いかけてみせる」
 「大学は、どうするんですか」
 その声は明るい。
 けれど、冷静な意見だ。
 うぐ、と思わず言葉に詰まる。
 「……正直、そこは考えてなかった」
 でも。
 燈馬君がいるんなら、他の事なんて未練がない。


 足りない頭でじっくり考える。
 自分自身の、解を求める。
 答えなんて決まっているから証明式だ。
 私の未来は、私自身でしか導き出せないから。


 「大学は行かない。自分で決めた道じゃなかったから」
 これが、現実問題での正解かどうかは解らない。
 私の中の、私の解だ。
 いつだって私は、思うままに行動してきた。
 唯一、進路とか、そういった面は、自分では決めきれなくて他人任せだったけれど。
 これからは。
 「自分で決めた道を、私は進みたい。だから、私は燈馬君と一緒にいたい」
 この解を引っ提げて、生きる。


 「水原さんらしいですね」
 「でしょ?」
 思わず見上げると、吸い込まれそうな瞳の中に、自分の顔が映るが見えた。
 なんて顔してるんだ、と気恥ずかしくなって目を閉じると、今度は燈馬君からキスをする。 
 締め付けられる胸の鼓動が、なんだかじんわり暖かい。
 唇が触れるだけで、こんなに幸せになれるなんて嘘みたいだ。


 「それじゃあ、……結婚しましょうか?」
 「え?」
 突然に、想像してなかった問いが上がる。
 さっきまで自分の進路のことで酷使した頭を、もう一度再起動する。
 考えかけて、根本的にはさっきまでと全く一緒の話だな、と気がつく。
 それなら、答えは、もう出てるじゃない。

 「…………いいよ」
 先ほどよりは間を空けず、容易く答えが口をつく。 
 「え?」
 今度は、燈馬君から、素っ頓狂な声が上がる。
 
 
 「……冗談で言ったの?」
 体を引き離し、ぎろりと睨みつけると、燈馬君は顔を真っ赤にして呆然としたまま、手を口に当てた。
 その姿は、なんと形容したらいいんだろう。
 可愛いって言っちゃ悪いような。
 でも、それ以外にいい表現を、私は持っていない。
 この、胸が一杯になってしまうような気持ちは。

 愛しい、っていうのかな。


 「……冗談のつもりはなかったんですけど、返事をもらえるとは思ってませんでした」
 困った顔でこちらを見つめるその顔に、出会った頃の面影を見た。





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